外部からもモテモテなんて、ホントどうかしてるんじゃない?(葉、兵部、真木→賢木)
「よ! 男前のニーサン」
「げっ! なんでお前がここにいんだよ!?」
「僕もいるぞ」
「げぇっ! 兵部! お前までッ!」
バベルの敷地内にあるバイク専用の駐車場。
そこへ向かう途中の人気の少ない道で先生はパンドラの面々に捕まった。
「何しに来た! 俺に何か用でもあんのか!?」
先生は懐に忍ばせた仕込み棒を取り出しながらジリジリと二人から距離を取っている。暗いしここからじゃよく見えないけれど、透視した限りではもう一人いることに私は気付いているけれど、先生は気付いているんだろうか。
ジャキン、と先生が仕込み棒を伸ばした音がここまで響いてくる。
「そんなもん出してきておっかねぇなぁ。悪いことしようってワケじゃねぇのにさ」
「本当だよ。寧ろ僕たちは君のためにわざわざ訪ねてきてやったというのに」
「はぁ? 俺のため? 何だそれ。俺はお前らに用なんて全くねぇんだけど?!」
そろり、と先生が自分のリミッターのアラートボタンに手を伸ばそうとしたところでバッと二人が動いて先生の身体が取り押さえられた。ヤバイ! と咄嗟に飛び出そうとしたところで残りのもう一人が暗闇からユラリと姿を現した。
「……二人とも、これじゃあ襲っているのと変わりませんよ」
だから正面から行った方が良いと俺は進言したんです、と真木さんが賢木先生に手を伸ばしながら二人を退かした。状況を把握しきれていないのか、先生は顔中にはてなマークを浮かべながら真木さんの手を取って立ち上がる。
あーもう!
だから敵にそんな間抜けな顔晒してどうするのよバカ!!!
「ヤブ医者、確か今日が誕生日だったろう?」
「え? そ、そうだけど……」
「俺ら、寂しいニーサンを慰めようとプレゼントを持ってきたんだよ」
「あ”? 誰が寂しいだって!?」
「アレ? 今年はデートの予定が入ってないって噂では聞いたんだけど。 違った?」
「今年は! 久々に皆本が祝ってくれるって言うから! 予定入れなかっただけだ!!!」
先生は二人の煽りに乗せられるまま、キャンキャンと犬が吠えるように噛み付いている。
私はその間もずっとさりげなく繋がれたままになっている真木さんの手を手に構えた相棒で打ち抜きたくてしょうがない。
こちらもこっそりと覗いている状態だから飛び出していけないのが悔しい。
「っていうか真木さんズルイー! 俺だってニーサンに触りたいの我慢してるのに!」
「そうだぞ、真木。抜け駆けはよくない。今すぐ手を離せ」
「あ、いや、これは偶然で、他意なんか」
「いいから早く離すんだ」
揉め始めた三人の間に挟まって先生は目を白黒させている。
三人全員の頭をぶち抜いてやりたいけれどそれができないのが口惜しい。今からでも管理官に発砲許可を貰ってきてやろうかしら。でもそんなことしていたらきっと先生が連れ去られてしまうかもしれない。こうなったらリミッターで皆を呼んで助けてもらうしかないかしら。頬を伝う冷や汗を拭うと、はっとしたように先生が目を見開いて叫んだ。
「っていうかお前ら何!? 俺に触りたいってどういうこと?! 気色悪いんだけど!!!」
冗談でもヤメテ!? と目を見開いて叫んでいる先生に、シン、とその場の空気が固まってしまう。
あれだけ男女問わず人を誑し込んでおいてその反応なんだ? と逆に立ち尽くしてしまっている三人が憐れに思えてきた。可哀想に、と心の中で手のひらを合わせていると、先に自我を取り戻した兵部少佐がにやりと笑って口を開いた。
「まぁいいさ。僕は年寄りだし気が長いからね。これから育てていくのも悪くない」
「……ジジイはジジイだけど気は長くねぇだろ」
「何か言ったか? 葉」
「べっつにー? 何も言ってねぇよ? 確かに俺好みに育てるのも悪くねぇなって思っただけ!」
「はぁ!? 誰がお前好みになんかなってやるかよ!!! この鳥の巣頭!!!」
「何だと!」
「……取り敢えず、誕生日プレゼントを渡しませんか」
じゃないといつまで経っても話が進まない、と真木さんが言い合いをしている二人の間に割って入る。それもそうだな、とどこから取り出したのかそれぞれがプレゼントを先生に向かって差し出した。
「お誕生日おめでとうニーサン! コレ、ニーサンに似合うと思うんだ!」
気持ちを切り替えたのか、満面の笑顔で先生がよく行く服屋さんのショッパーを差し出したアイツは、開けてみろよとニヤニヤしながら先生に迫っている。
「……お前から服貰うなんて……何か気持ちわりぃ……」
「ひでぇ! 俺はたまたまニーサンに似合いそうな服だなって思って買ってきただけなのに!」
びゃッと今にも泣き出しそうな勢いで先生に詰め寄るアイツは、年下の男という効果が望めるのかよくわからない可愛さで先生に迫ろうとしてるんだろうけど、そんな簡単に先生が堕ちるワケないじゃない、と独りごちる。
私の読み通り、先生はうざったそうな顔をしてアイツの肩を押し遣っていた。
「とにかく、服は受け取れねぇ。持って帰ってお前が着ろよ」
「なんでだよ! ニーサンに似合うと思って買ったって言ってんじゃん!」
「だからだよ! 余計に受け取れねぇわ!」
「いーじゃん受け取れよ!」
受け取れ嫌だの押し問答をしている二人をじっと見ていた兵部少佐が二人の間に割って入った。
「……ちょっと待て。葉、まさか好いた相手に服を送る意味を知らずに押し付けているんじゃないか?」
兵部少佐のひと言に、アイツがぽかんと口を開けて首を傾げた。
「へ? 意味とかあんの?」
あ、これホントに知らないヤツだわ、と憐れみの目を向けると、ハァ、と深く溜め息を吐いた先生が口を開いた。
「……これだから童貞は」
「ど、童貞じゃねぇしッ!」
涙目になりながら反論してる辺り、やっぱり童貞なのかしらね、とウンザリした目をアイツに向ける。
結局服を受け取らなかった先生はじゃあそういうことでとその場を立ち去ろうとして、兵部少佐に捕まった。
「どこへ行く。まだ僕の贈り物を受け取ってないだろう?」
「げ……お前もあんのかよ」
「もちろんさ。受け取りたまえよ」
ホラ、と差し出されたのはリボンでラッピングされた小さな箱。
そのサイズ感といいラッピングの上質さといい、ある物を簡単に連想させて慄いた。それは先生も同じだったようで、顔を青ざめさせながらそのプレゼントを拒否している。
「こ、こんなん受け取れるワケねぇだろ!? 嫌がらせとしか受け取れねぇわ!!!」
「この僕がわざわざヤブ医者の為に選んで持ってきてやったんだぞ。有難く受け取れよ」
「いやいやいやいや! こんな悪魔の契約ぜってぇ受け取れねぇし!!!」
少佐がぐいぐい箱を押し付けてくるのを先生は首を横に振りながら必死に押し返している。
「悪魔の契約? どういう意味だ? この箱には意味なんて何もないのに」
「……どういう意味だ?」
「受け取ればわかる」
少佐は無理矢理先生の手を掴んで手のひらの上に強引に箱を乗せてしまった。少し強引に扱われたプレゼントはくしゃりとリボンが崩れてしまっている。それでもニヤリといけ好かない表情で先生のことを見つめる少佐は、小さい声で誕生日おめでとう、賢木、と呟いた。
「え、何コレ。軽っ」
どうやら想像していた物とは違う重さの箱に、ホッとしたようなびっくりしたような表情を浮かべている先生に、少佐は満足げに微笑んだ。
「当たり前だ。中身は空だからな」
ふふん、と腰に手を当てて胸を張っている少佐が、本当に見た目通りの子どもなら可愛い悪戯で済むのかもしれないけれど、中身は大人になることを捨てた老齢の食えないクソ餓鬼だ。その裏に何が隠されているのかわからない。注意深く先生と少佐を見守っていると、拍子抜けしたのか肩の力を抜いて先生が溜め息を吐いた。
「……なんか。余計な心配したみたいで損した」
有難く受け取っとくよこの空箱、と素直にそれを鞄の中へ仕舞おうとした先生をはっ倒したくても何もできないのがもどかしい。
知らない人から貰った物はホイホイ受け取っちゃダメって小さい頃に習わなかったのかしら!? ましてや相手は少佐なのよ箱は空でもどんな仕掛けがしてあるかなんてわからないじゃない!!!
心の中で文句を大声で叫びながら、じっと様子を窺っていると、少佐が先生の手を取った。
「バカだな、君は。それが本体だなんて誰も言ってないだろう?」
そう言って少佐は先生の手の甲にキスをした。
「プレゼントは僕だよ。ヤブ医者」
にこりと微笑んだ少佐と、キスに固まってしまっている先生が見つめ合っている。
あーもう早く先生その手を振り払って! じゃないと本当にキスされちゃうわよ!!!
何とか先生の目が覚めるように祈りながら少佐を睨み付けていると、残りの二人が先生に近付こうとする少佐をガバリと取り押さえた。
「抜け駆けは無しですよ、少佐」
「そーだそーだ! それにプレゼントは自分、ってのもナシって三人で決めたじゃん!!!」
「僕が法だ! そんなルール僕には適用されない!!!」
「そんなん言い出したらジジイの一人勝ちじゃん! それが許されるんだったら俺だってゴリ押しでニーサン押し倒す!」
「へぇ……童貞の葉にそんなことができるのかい?」
「なッ! だから童貞じゃねぇし!!!」
「ちょっと落ち着いてください少佐! 葉も大人になれ!」
今にも掴みかかる勢いで言い合いを始めた二人を真木さんが無理矢理引き剥がす。勢いを削がれた二人はお互いフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。まるで子どもみたいな振る舞いをしている二人に溜め息を吐いた真木さんは、ガサリ、とそれなりの大きさの紙袋を賢木先生に向かって差し出した。
「受け取ってくれ。詫びの品だ」
「あ、え? あぁ、どうも……」
軽く頭を下げながら受け取ろうとする先生をいがみ合っていた二人が息を揃えて引き留めた。
「また! 真木さんすぐそうやってさりげなくポイント稼ごうとする!!! ズルすぎんだよ!!!」
「そうだぞ真木! お前その菓子折りに何を仕込んだんだ!?」
「なッ! 何も仕込んでませんよ人聞きの悪い!!!」
ぎゃいぎゃいと言い合いを始めてしまった三人をぽかんと見つめていた先生が、はたと意識を取り戻して握りこぶしをぷるぷると震わせながら叫んだ!
「お前ら! いい加減帰れ! お前らからのプレゼントなんておっかなくて受け取れねぇよ!!!」
俺もう皆本んち行くから! と言い逃げして、先生は何とか三人から逃れて走り去っていってしまった。
何とか先生が難を逃れたことにホッと息を吐いて壁に身を隠すと、ヒュパ、と空気が振動した。
「……覗き見はよくないね、女帝」
突然姿を現した三人にびくりと肩を震わせながらもぎろりと睨み返して答える。
「私がここから覗いてるって気付いてなかったなんて言わせないわよ?」
「……もちろん。気付いていたし、手出しできないことも知ってたさ」
にや、と笑う少佐にフンと鼻を鳴らして腕を組む。ぷいとそっぽを向くといけ好かないオレンジの鳥頭が笑いながら声を掛けてきた。
「何? ひょっとしてお前もニーサンにプレゼント渡す機会探ってんの?」
「違うわようるさいわね黙っててくれる童貞」
にこ、と可愛らしく笑いながら言ってやると、ぴゃっ、と小さく声を上げて震え上がった。
「おやおや……女の子からそんな言葉が出るなんて。それに、事実だからって口にして良いわけじゃないよ女帝。それが男への気遣いってもんさ」
「私、別にあなたたちに女性扱いしてほしいわけじゃないもの。それより真木さん? そのお菓子、どこでどうやって手に入れたのかしら?」
「こ、これは……普通に、百貨店で」
「違うわよね? そう見せかけて中身は別物よね?」
「うっ」
何故バレた、という表情をしている真木さんのネクタイを掴んで下からぎろりと睨み付ける。
「先生が手作りのモノ好きだからって女々しい売り込み方してるんじゃないわよ。私の目の黒いうちは、あなただけは絶対先生に近付けさせない」
「ぐ……」
ふん、と鼻を鳴らしながらネクタイを離すと、鳥頭が脳天気に話しかけてきた。
「なぁ、それって俺らは近付いてもいいってこと?」
「……バカね。先生は童貞と老人には興味ないって言ってるのよ」
うふ、と笑いかけてやると涙目になりながら後ずさりする鳥頭と顔を引きつらせている少佐が目に入った。
そう、目下注意しなければならないのは目の前のこの男。先生がうっかり絆されてどうにかならないなんて保証はどこにもない。
「先生が普通に接してくれてるからって調子に乗らないで。先生にお近付きになりたいなら私を倒してからにすることね」
トス、と胸に指を突き刺しながら言ってやると、ふわりと三人の身体が浮いて、少佐がクスリと笑ってみせた。
「……今日はこれで退散するよ。でもひとつだけ忠告だ。そういう君も、賢木の交際にどうこういう資格はないんだよ、女帝」
「……知ってるわよそんなこと」
言われなくたってわかってる。私が今日一日掛けてやってることは、全部余計なお世話で先生に見咎められたら言い訳できないことだってこと。
「まぁせいぜい頑張れよ。君も呼ばれているんだろう? ヤブ医者の大好きな眼鏡のところに」
じゃあ健闘を祈るよ女帝、と残して三人は姿を消してしまった。何一つ痕跡も残さず消えてしまったその場所を見つめて、溜め息を吐く。
わかってる。自分がやってることは何も実を結ばない無意味な行為だ。それでも他の芽は少しでも摘んでおきたいじゃない。だって次の相手はどうしたって私じゃ勝てない強敵なんだから。
コメントを残す