賢木修二はネコである! - 2/5

新手のダークホース? そんなのに負ける私じゃないわ。(松風→賢木)

「あ、賢木先生!」
「おー、松風! 久し振りだな!」
「お久し振りです。先生、お変わりないですね」
「当たり前だろー! お前も元気か?」
「はい! 特に変わりないです」

 にこり、と人好きのする顔で松風君は微笑んだ。でもあの顔に騙されちゃいけない。悠理ちゃんの人格が一つに融合したように、松風君もベータギリアムと融合して私たちの元へと帰ってきた。また仲間に戻れて嬉しかったけれど、融合したということはつまり、今までの松風君とは違うということ。若くて純真さの塊みたいだった彼とは別の、狡猾さを身に備えた松風君は、今の私にとっては要注意人物でしかなかった。

「見た感じ調子も悪くなさそうだな? どれ、ちょっと透視せてみろ」

 ホラ! また先生はそうやって! 気安くホイホイ触ってんじゃないわよ!!! 一体それでどれだけの人間が勘違いするのかいい加減頭に叩き込むべきだわ!!!
 頭で覚えられないっていうのなら身体に覚えさせるって手もあるかもしれないわね。ホラ見なさいよ松風君も大人しく触られちゃってるしオマケにちょっと頬染めちゃってるし!!! あなたもうそういう純情キャラ捨てたんじゃなかったのッ!?

「大丈夫ですよ。今もちゃんと定期検診受けてますし……」
「そうみてぇだな。特に異常も見つかんねぇし。優秀優秀」

 賢木先生はニカッと笑ってポンポンと自分と然程身長の変わらない松風君の頭を撫でる。
 あぁほらだからそんな不用意に触っちゃダメだってば先生ホント気安すぎるのよ!!!
 心の中で叫びながら柱の陰でじっと二人の様子を見守る。じりじりと焦る気持ちを抑えながら、仲のいい雰囲気を漂わせている二人にぎりりと歯を噛み締めた。

「最近特務の司令官としてもどんどん成果上げてるって? 期待の有望株だな!」
「それほどでもないですよ。まだまだこれからです」
「そんなこと言っちゃってー。女性職員にモテモテなの聞いてるぞー?」
「先生ほどじゃないですよ」

 このこのー、と肩を組んで松風君を突っついている先生は何も知らない。
 そんな松風君は今、賢木先生に気があるってこと。
 もー! ホント調子に乗ってたらいつかペロッと頂かれちゃうわよ!!! そんなこと私がさせないけど!

「そう言えば先生。お誕生日なんですよね?」
「あ、知ってた? そうなんだよ、またひとつオッサンになっちまった」

 はははと笑う先生は松風君から離れて松風君の背中をバシバシと叩いている。
 そんな触れ合いでも喜ぶヒトがいるっていうことを本当にいい加減わかってほしい。例えば松風君とか。
 松風君はイテテと言いながらも嬉しそうに笑ってから、がさりと鞄からそれなりのサイズの包みを取り出した。

「お誕生日おめでとうございます。これ、僕からです」
「えっ! マジで!? 俺にくれんの?」
「だって賢木先生誕生日じゃないですか。誕生日プレゼントですよ」
「うわー。嬉しい……なんか貰えると思ってなかった奴から貰えると、この年になっても嬉しいもんだな」

 先生は本当に嬉しそうな顔をしてそれを受け取っている。松風君もそれを満足そうに見つめてニコリと笑ってみせた。

「……喜んで貰えてよかったです」
「開けてもいいか?」
「いいですよ」

 がさがさと袋のリボンを解いた先生はそのまま中身を取り出して。

「……折り畳みの傘?」
「男性用の日傘です。最近流行ってるらしいですし、格好良い賢木先生なら似合うんじゃないかと思って」

 へぇ、と言いながら先生はバサリと傘を広げる。黒地にシックなグレーで細かな菱模様が描かれているそれは、悔しいけれど先生のイメージによく似合っている。

「晴雨兼用の傘なので、日傘に抵抗あるようでしたら雨傘として使ってください」
「おう、アリガトな。今度外出るときにでも使ってみるよ」

 アリガトな、ともう一度言ってから、先生は丁寧に傘を畳んで袋の中へ戻して。それからふと思いついたように松風君に向かって口を開いた。

「あ、なぁ? お前昼もう食った? もしまだだったら一緒にいかね?」

 久々なんだしちょっと喋ろうぜ、と先生はにこやかに松風君を誘う。それに松風君は申し訳なさそうに苦笑いを返した。

「すみません。まだちょっとこれから片付けないといけない用があって」
「へぇ……精が出るねぇ、流石エリート君ってか? じゃあ仕方ねぇ。また今度な!」

 先生は笑顔で手を振ってその場から立ち去っていく。松風君はその後ろ姿が消えるまで見守ってから、ゆっくりと私がいる方へと振り返った。

「……居るんだろ? 出てこいよ、三宮」

 やっぱりバレてたか、と舌打ちをしながらそろりと姿を現すと、ふふんと勝ち誇ったような笑みを浮かべた松風君と目が合った。

「見てたんだろ? 一部始終」
「……たまたま通りがかっただけよ。他意はないわ」
「どうだか? まぁ、別にいいけど」

 眼鏡のブリッジを押さえながら、松風君はまるで気にしてないかのように口元を緩める。余裕たっぷりの表情を浮かべた松風君は、ゆるりと目を細めて私に言った。

「もう僕はプレゼント渡しちゃったし。三宮はまだなんだろ?」
「……プレゼントはいつ渡したかなんて重要じゃないでしょ。それだけで勝ち誇ったつもりになってるの?」
「だって。君より先に渡せた」

 それだけでも充分成果は大きい、と笑う松風君は、見慣れているはずの作戦参謀の顔をして私を見ている。でもその顔の裏にどこか今までとは違うほの暗いものが見てとれて、きゅっと眉を顰めた。

「後出しジャンケンって知ってる? あなたが渡したプレゼントより、印象の強いモノを渡されたら先に渡されたプレゼントの印象なんてドンドン薄れていくわ」

 キッと視線を強くして言い返すと、フ、と更に笑みを深めて松風君は口を開いた。

「負け惜しみに聞こえるな。じゃあこの話は知ってる? その人が使っている日傘を見れば、その人が着用している下着の傾向がわかる……」
「……ナニソレ。知らないわよそんな話」
「まぁ、真偽は定かじゃない噂程度の話だけどね。でも、その噂を真実だと信じている人間は、あの日傘を使う賢木先生のことどう見ると思う?」
「あ!!!」
「そう。あの日傘みたいにシックな模様の下着に身を包んだ賢木先生の裸体を想像するよね?」

 ニヤリ、と笑う松風君の表情は、もう明らかに以前までの松風君ではなかった。ベータ・ギリアムと融合した、黒々しい微笑みを浮かべた松風君の表情に、思わずふるりと身体が震えた。

「あ、あなた! いつの間にそんなに変態になっちゃったの!? 薫ちゃんが好きだった純粋な松風君はどこ?!」
「僕は俺と融合して新しい自分になっただけさ。それからその自分に新たな可能性を導き出しただけ。賢木先生を僕のモノにできたら、世界は明るいだろうなって思っただけさ」
「な、なら! 何でそんな不特定多数の人間が、せ、先生のこと、そんなイヤラシい目で見るようなプレゼントしてるのよ!!! そこは独占欲を発揮するところじゃないの!?」
「……いろんな人にエロい目で見られてる恋人ってそそるじゃないか」
「へ、変態ッ!!! それにまだあなたの恋人じゃないでしょ!?」
「そうなんだまだ誰のモノでもないんだ賢木先生は」

 不特定多数に視姦されててもおかしくない身体してるのにねあの人、としれっと凄いことを言う松風君に、もうあの頃の可愛く泣き叫んでいた松風君はいないんだわと悟る。それから、絶対コイツに先生を渡してなるものか、とも。

「そ、そんないやらしい理由でチョイスしたプレゼントが、あ、あの日傘だっていうのなら……あれは没収させてもらうわ!」
「……三宮にそんな権限ないだろ? それに、君だって賢木先生の裸体を想像したよね? 僕にはわかる」
「そ、そんなワケないでしょ! そもそも私、せ、先生の裸なんて、な、何度も見たことあるんだから!!!」
「へぇ……それは興味深い。僕にもその記憶分けてよ」
「だ、誰がアンタみたいな変態に先生のハダカを売るのよ! ふざけないで!!!」

 慌てて松風君から距離を取りながら、思わず自分の身を守るように自分の身体を抱き締める。

「ちぇっ……まぁしょうがない。君のことだから日傘もなんだかんだ理由付けて廃棄するんだろうけど、君と僕が賢木先生の裸を想像した事実は消えないからね。あとは好きにしてくれていいよ」
「ちょ、ちょっと! 私まで変態みたいな言い方しないでくれるかしら!?」
「でも想像しただろ? 先生の裸体」
「は、ハダカじゃないわ! ち、ちゃんと、下着ッ」
「……ホラ。想像したんじゃないか」
「~~~~~ッ!」

 ホラ見ろ、とでも言いたげな目に見つめられて、ギリリと奥歯を噛み締める。目尻にじわりと浮かぶ涙が勢いを半減させているとわかっていても、彼を睨み付けずにはいられなかった。もう随分と背が高くなってしまった松風君に下からギロリと視線を投げ付ける。

「……いいわ。松風君の悪趣味に付き合わされたのは認めてあげる。でもね、次にまた先生のこと辱めようとしたら……」
「したら?」

 問い返してくる松風君に向かって、にこりと可愛らしく微笑む。

「その時は私が松風君を女の子にしてあげるわ」
「あっそれはヤメテクダサイ」

 僕それトラウマだから、と顔を青ざめさせながら逃げるように立ち去っていく松風君の背中に、ふん、と鼻を鳴らす。
 松風君をあんなにしたギリアムも許せないけれど、元々ああだったのをギリアムが目覚めさせた可能性も捨てきれない。
 きっと先生にどれだけ言って聞かせても本気にして聞いてくれることはないだろうから、いつか来るいつの日かの為に、松風君を女の子にする準備だけは万全に整えておこう、と心に誓ってその場を後にした。

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