頑なにレオツムさんだけはお迎えしようとしない監督生に、何とかしてレオツムさんをお迎えさせるため、苦心惨憺する話。

「なぁ監督生……なんでそんな強情なの。そこまで揃えんならもう一個増えるくらいどうってコトないんじゃねーの?」
「そんなことない。数は関係ないし、私がどのツムをお迎えしようとエースには関係ないでしょ?」
「……いやー……それがさ……関係、あるんだよなー」

引き攣った笑顔を浮かべたエースに首を傾げながら、サムさんのショップに並ぶエースとデュースのツムを手に取ってレジに向かう。

「ユ、ユウ! 俺たちのツムをお迎えしてくれるのは嬉しいけどこっちのツムもお迎えしてやってくれないか?! キングスカラー先輩のツムは持ってなかっただろう? 折角だし、持ってないツムをお迎えした方が」
「レオナ先輩のツムは持ってないけど、まだお迎え予定じゃないから今日は買わないの」

サムさんお会計お願いします! と二人のツムを差し出す。顔を青くしたデュースとエースが目を白黒させているのを横目で見つつお会計を済ませると、サムさんまでが苦笑を浮かべてレオナ先輩のツムを私の前に差し出した。

「どうしてこの子だけは君の元へ連れて行ってあげないんだい? 一人だけ取り残されてかわいそうに、涙を浮かべて君のことを待っているよ?」
「あはは……サムさん、お商売上手ですね。でも……うん。私がこの子をお迎えできるのはまだ先……かな。きっとこの子は他の人がお迎えしてくれますよ」

じゃあね、とレオナ先輩のツムの頭を指先で擽ってからお店を出る。新しく購入したツムを胸に抱えてオンボロ寮へ向かう道を歩き出すと、ゲッソリした顔のままの二人が慌てたように私を追いかけてきた。

「もー! 何でそんな頑ななんだよ! いいじゃん! 買っちゃえばいいじゃん!」
「そうだぞユウ! どうしてキングスカラー先輩のツムだけはお迎えしないんだ! キングスカラー先輩のことが好きだったんじゃないのか!」
「ちょっ! 二人とも声が大きい! シーッ! シーッ!!!」

私の隣に並んだ二人の肩をバシバシと叩きながら唇に人差し指を立てて精一杯声を潜める。どこで何を聞かれているかわからないんだから、どうか迂闊な発言はしないでほしい。

「……今更隠す必要なくね? 普段からレオナ先輩にスキスキ言ってアピールしてんじゃん」
「そういうことに疎い僕だって知ってるんだ。キングスカラー先輩が知らないわけないだろうし、今もどこかで聞いて」
「ハイハイデュースくんはちょっと黙ってようね! とにかくさ、好きなんだから素直にお迎えすればいいじゃん! なんでそんなに頑ななのさ!」
「それは……秘密! 二人にも内緒なの!」

じゃあね! としつこい二人を振り切るように駆け出した。おいユウ! と叫んでいる声が聞こえるけれど振り向かない。だってこんなの恥ずかしくて言えるわけがない。一生懸命二人のツムを落とさないよう抱えたままオンボロ寮まで辿り着くと、玄関の前で明らかに私を待ち伏せしている人影が見えて、ぎくりと肩を跳ねさせた。

「やぁー、ユウくん。待ってたっスよぉ」
「ラ、ラギー先輩……」

ヒラヒラと手を振って私に近付いてきたラギー先輩は、いつも通りの笑顔を浮かべてシシシッと私の前に立ちはだかる。
ここ数日、これまたしつこいくらいラギー先輩に付き纏われていた私は、思わずジリリと後退った。

「ど、どうしてここにいるんですか……」
「またまたぁ……そろそろユウくんもわかってきてるんでしょ? いい加減素直になったらどうっスか?」
「わ、私は充分素直です!」
「俺はあの一年生の坊やたちとは違うんで。報酬に見合った働きはさせてもらうっスよ」

ニタリと今にも逃げ出したくなる笑みを浮かべたラギー先輩は、バッとおもむろにジャケットを開いて手のひらに三体のツムを取り出す。どこに隠していたんだろうと疑いたくなるサイズのそれを山型になるように詰んだラギー先輩は、ニカッと笑って私の前に可愛く陳列されたツムたちを差し出した。

「昨日売り切れた俺のツムとジャックくんのツムをご用意したっス! 今ならオマケでなんと! レオナさんのツムが付いてくるっスよ!」
「押し売りは間に合ってます!」
「やだなぁ、ユウくん。押し売りなんかじゃないっスよ? プレゼントに決まってるじゃないっスかぁ」
「だとしたらもっと受け取れません!」
「そんなこと言わずに……ホラ、ラギーツムだけでも」
「アッ……それなら……」
「じゃあ一緒にレオナさんも貰ってやって?」
「だっ、駄目ですそれは受け取れません!」
「チッ……正攻法じゃダメか」
「これのどこが正攻法なんですか!?」

今にも私のポケットにレオナ先輩のツムを詰め込もうとしてくるラギー先輩を何とか身を翻して躱す。そのまま玄関の扉を開いて中に身体を滑り込ませると勢いに任せてバタンとドアを閉めてしまう。なけなしの鍵を掛けてしまえば流石のラギー先輩も男子校唯一の女子寮と化しているオンボロ寮の中へ忍び込もうとは思わないのか、ユウくーん、と間伸びした声をドアの向こうで上げていた。

「……ここまで来ればだいじょうぶ」
「もう諦めるっスよー……ま、俺は精一杯俺の仕事をしたんで。あとはヨロシクっス!」

ではまた明日ー、と手を振ってオンボロ寮から立ち去っていくラギー先輩にホッと胸を撫で下ろしつつ、あとはヨロシクってどういうこと? と首を傾げる。念のため全てのポケットを確認してツムが紛れ込んでいないことを確認してから談話室へ向かった。

「遅いんだゾ! オレ様待ちくたびれたんだゾ!」
「ゴメンゴメン……ちょっと手間取っちゃって」
「じゃあレオナ。オレ様約束通り上の部屋で大人しくしてるからな! あんまりユウをイジメるんじゃねーぞ!」
「えっちょっとグリム!」
「オレ様忙しいんだゾー」

そう言って高級ツナ缶三つを抱えて談話室を飛び出していったグリムは目にも止まらぬ速さで階段を駆け上がっていった。談話室のソファにはゆったりとレオナ先輩が寛いでいる。ゆらゆらと揺れる尻尾を見て、そのまま回れ右しようとすると、オイ、と声を掛けられた。ゆらりと立ち上がったレオナ先輩が私のところまで歩いてくる。逃げることは許さないという肉食獣の目が私を捉えた。

「どこへ行く」
「わ、私もグリムのところへ……」
「アイツは今俺が貢いだツナ缶を食べるのに忙しいんでなァ……邪魔してやるなよ、お前はアイツの子分なんだろ? 親分の邪魔はするもんじゃねぇよなァ?」
「そっ……それは、そう、ですけど!」
「俺はお前に用がある。だからここに残れ。いいな」
「ひっ」

ぎろりと睨み付けられて喉を引き攣らせると、レオナ先輩はフンと鼻を鳴らして元いたソファへと戻ってしまう。バクバクと煩い心臓を少しでも沈めようと深呼吸を繰り返していると、再び鋭い目でレオナ先輩に睨まれてしまう。

「……何してる……こっちに来い」

クイ、と顎で指図されて、ひゃい、と小さく悲鳴を上げながらカチコチに固まった身体を動かして何とかソファの前に辿り着く。

「……座れ」
「え……でも」
「いいから。座れよ」
「うぅ……はい……失礼します」

恐る恐るレオナ先輩が座っている反対側の隅に腰掛けると、ハァァ、とレオナ先輩は深く溜め息を吐いた。

「……お前、いつもの調子はどうした?」
「……いつもの調子、とは?」
「……普段なら、うるせぇくらい付き纏ってくるだろ。いつもなら、俺がここに居たら大喜びでお茶やら食いモンやら並べるじゃねぇか」
「ぐぅぅ……ほ、本人に言われると、なかなかキツいものがありますね……」

あまりの恥ずかしさに両手で顔を覆うと、抱えていたツムたちがぽろりとソファへ転がる。それを落とさないようにレオナ先輩と自分の間に並べながらクッと眉を寄せて口を開いた。

「今後は気をつけます……これからは態度を改めて、ご迷惑にならない程度に遠くから見つめるだけで留めますね」

はぁ、と肩を落として自分の愚かさを呪う。
レオナ先輩のことが好きすぎてはしゃぐとか、今時子どもでももっと大人の態度で好きな人に対応するんじゃないだろうか。
私は子ども以下か。
こんなだからみんなに子ども扱いされるんだとどんより落ち込んでいると、違うそうじゃねぇと呟いた。

「それは別にいい。いつも通りで構わねぇ。お前はうるさいくらいがちょうどいいんだよ」
「えっ」
「……今のは気にするな。それより、だな」

言いにくそうに眉を寄せて口元を押さえたレオナ先輩は、ふぅー、と諦めたように溜め息を吐いて、ポン、と革手袋に包まれた男らしい手のひらに似合わない丸々としたぬいぐるみを出現させた。

「……どうして、俺の……その……コイツは『お迎え』とやらをしてもらえないんだ?」

ころりと丸いフォルムのレオナ先輩のツムツムが、じっと私を見つめている。見れば見るほどやっぱりレオナ先輩とそっくりで、可愛いのにカッコいい愛くるしさに思わず手を伸ばしそうになる。それでもダメダメ! とふるふる首を振って欲求を抑え込むと、ほんの少し眉尻を下げたレオナ先輩が表情を殺すようにしてソファに並べられたツムたちを見遣った。

「俺より他の奴の方がいいのか」

悔しそうな、悲しみがこもった低い声に慌てて首を振って差し出されたレオナ先輩の手首を掴む。

「ちっ、違うんです! そうじゃなくて! だってレオナ先輩のツムツムをお迎えしたら推しと四六時中一緒にいるってことですよ?! 私、緊張でどうにかなっちゃいそう!!!」
「はぁ?」
「レオナ先輩のツムツムと一緒に生活するってことは私の生活をずっと見られちゃうってことですよ!? 他の子たちと一緒にお部屋で飾っておけばいいのかもしれないですけど、そんなのかわいそうじゃないですか! レオナ先輩のツムですよ?! 特別なお部屋を誂えたいし、折角だからずっと一緒に居たいじゃないですか! でもそんなことしたら私トイレにも行けなくなっちゃう!!! そんなの困るしでもお迎えしたら片時も離したくないしそれだったら私がトイレに行かなくても生活できるよう人間を辞められるまでお迎えを我慢するしかないっていうか、ああああああああもう私だって本当はレオナ先輩のツムツムでお部屋一面を埋め尽くしたいくらい考えてるんですよ察してください!!!」

わああああ、と勢いに任せて訴えると、レオナ先輩はびっくりして目を見開いているネコちゃんみたいにキョトンとした顔で私を見つめていた。またやってしまった、と穴があったら今すぐにでも入りたい気持ちに苛まれていると、フハ、と気の抜けた笑いが部屋中に響いた。

「ハハ、フフ、フハハ、アハハハハ! おま、お前、トイレくらい行けよ、そんなことで人間辞めてどうする」

ククククク、と笑いを堪えるようにして俯いているレオナ先輩は揺れる肩を隠しもせず顔を歪めてお腹を抱えている。

「……こう見えて一応、女の子なので」
「女だってトイレに行くくらい知ってるぜ? そこまで女に夢見ちゃいねぇよ」
「好きな人の前では精一杯可愛い自分でいたいんですトイレだって我慢します」
「うるさくて賑やかで鬱陶しいお前がそんなこと気にする女だったとは知らなかったなァ……トイレに行くくらいでお前のかわいさは損なわれたりしねぇよ」
「う……そう言われましても……」
「大体、コイツは女性が化粧室に行く間も待てねぇような男じゃないぜ。俺が元になってんだ、女性の身仕度が何時間掛かろうと待てる紳士に決まってる」
「……え……レオナ先輩ってそういうの待てるタイプなんですか……? イライラしてどっか行っちゃうタイプだと思ってました」
「見くびるなよ。これでも義姉様に鍛えられてるんでなァ……お前のコトだって待ってやるよ」

ニッと笑ったレオナ先輩に見つめられてドキドキと心臓が早鐘を打ち始める。カァァ、と赤くなる頬を隠すように俯きながら、レオナ先輩のツムの頭を撫でてレオナ先輩の元へ返した。

「それなら、これからお迎えしてきますね。サムさんのお店に行ってきます」
「俺はコレをやるって言ってるんだが? コイツをお前の元にお迎えしてやってくれよ」
「えっ、でも」
「コレは元々お前に渡すつもりで買ったんだ。だから受け取れ……何だよ、なんでそんな不満そうなんだまだ何か文句があるのか」

キッと身構えるように眉を寄せたレオナ先輩に、そうじゃないです、と笑って首を振った。

「自分でもお迎えしたいんです! だってレオナ先輩のツムなので!」
「……そ、そうか」
「でもレオナ先輩のお気持ちも嬉しいので、戴いてもいいですか? 私がお迎えしたツムの隣に飾らせてください!」

ああ、と呟いたレオナ先輩は、ほんのちょっぴり顔を綻ばせて私にツムを差し出した。

次の日。
両隣にツムを並べてニコニコと嬉しそうに授業に臨む監督生の姿が学園中の其処彼処で見られたらしい。
その姿にホッと胸を撫で下ろした生徒が複数名いたとかいないとか。
それ以外の生徒の殆どは、その愛くるしい姿に癒されて、また何処かの獅子が荒れ狂いひと息吐いた生徒たちを奔走させたのは、また別のお話。

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