司郎のくせに、なまいきだ - 12/13

「……じゃああとはよろしく頼むよ」
「承りました。出来上がり次第ご連絡させていただきます」
そう言って頭を下げた店員にひらひらと手を振って少佐はさっさと店から出て行ってしまう。慌てて俺も店員に頭を下げて少佐のあとを追いかけた。
すたすたと通りに向かって歩いていた少佐にやっと追いついて横に並ぶと、何だかすごく機嫌が良さそうな表情を浮かべていて逆に訝しんでしまう。ジト目で様子を窺っているとニコニコした少佐が足を止めて俺に向き直った。
「司郎、次は何がほしい? 何でも言ってみろ。今日は何だって買ってやるぞ?」
見るからにご機嫌の少佐が首を傾げながら問いかけてくる。さらりと揺れる銀髪が風に揺れてキラキラと光っている。何気ない仕草がとても色っぽく見えて、さっき自分を焦がした熱が再び温度を上げてしまいそうで、誤魔化すように少佐から視線を外した。
「……やめてくれよ。必要だったのはスーツだけだ。それ以外で買い物の予定はない」
「そう言うなよ。気分がいいんだ、甘えておけよ」
それ完全に子育てできない父親の台詞じゃん、と思わずツッコミそうになったのをグッと堪える。
ここで噛み付いたら結局いつもと変わらなくなってしまう。
いまいち上手くエスコートはできていないけれど、昔揶揄われた仕返し、というわけではないが少しでもいい、少佐を掻き乱してやりたかった。
「……今日は俺とデートしてくれるんだろ。じゃあ俺ばっかじゃなくて少佐の行きたいところへも行く」
そうだそれがいい、と自信満々に言ってやれば、その美しい顔で俺を見下ろすように鼻を鳴らして笑った。
「お前が僕をエスコートしてくれるんじゃなかったか? お前が僕を満足させてみろよ」
どうだできないだろう? とでも言いたげな返しにグッと詰まって、ギリリと奥歯を噛みながら高飛車に笑う少佐を睨みつける。確かに、満足がいくエスコートが現状できていないのだから、少佐の俺を馬鹿にした態度を批判することもできない。だからと言って、このまま負けたようなままで残りの時間を過ごすことも悔しい。
何とか挽回したい。
どうしたものかと頭を悩ませていると、ふと、これがいいかもしれない、と思い至って口を開いた。
「……食事」
「ん?」
「……そうだ、食事! ちょっと早いけどふたりで晩ご飯を食べるってのは? そろそろお腹減ってきてるんじゃないか?」
少佐はいつも早めに食事を摂るし、昼過ぎに船を出てから何も食べていない。だとすればお腹の減り具合はちょうどいい頃合いなのではないか。
「デートで食事に行くのは普通のことだろ。この辺には詳しくないし、服装もこんなだから大衆向けの食堂くらいしか行けないけど……」
ドレスコードなんかのしっかりした店に行ける状態だったとしても、今の俺には背伸びが過ぎるように思えるし、それであれば気軽な大衆食堂の方が今の自分たちには合っているような気がする。
俺の提案に目をぱちくりとさせていた少佐は、ふむ、と一瞬だけ考え込んでからニヤリと笑って頷いた。
「いいんじゃないか? 合格だ。司郎にしてはやるじゃないか」
そうと決まれば店を選ぼう、とまたスタスタ歩いていく少佐を追いかけて隣に並ぶ。
幸い、通りを一本曲がれば、数々のオステリアやトラットリアの並ぶ繁華街に出た。ちょうど夜の営業を始めるタイミングだったようで、歩いているだけでいいにおいが鼻を擽っていく。
どの店も魅力的に思えたけれど、どうせならと赤のオーニングが印象的な明るいトラットリアを選んだ。幸いテラス席にはまだ誰も先客がおらず、陽気な店員が一番明るくて景色のいい席を案内してくれる。観光かい? と気さくに話しかけてくる店員に曖昧に笑っていると、とびきり旨い飯を食わせてやるから安心しろ、と片言の英語で言われてメニューを受け取った。酒はどうする? と聞いてきた店員に、酒は要らない、炭酸水を頼む、と英語で返すとヴァ・ベーネ! とどうやら現地の言葉で返事をされた。楽しそうに店の中へ戻っていく店員の後ろ姿を見つめていると、少佐が俺を見てクスリと笑った。
「オーケーって言ったんだ。お前もイタリア語は少し勉強しておけよ」
「……勉強してないワケじゃない。現地の言葉の言い回しとか、まだそういうのを聞き慣れてないだけだ」
「ほーう? じゃあ注文は全部司郎にお任せしようかな?」
楽しそうにニヤニヤと笑って俺を見つめてくる少佐に、フンと鼻を鳴らしてメニュー表を開く。
「いいぜ。何が食べたいんだ?」
「その辺も司郎に任せるよ。だってこれはデートなんだろう?」
僕が満足する内容にしてくれよ? と挑発するように少佐は組んだ手に顎を乗せてニコニコと首を傾げている。
日頃アンタの食事内容を決めているのは誰だと思ってるんだと思いながら、メニュー表からいくつかの料理をピックアップしていく。メニューに目星をつけたタイミングでさっきの店員が鼻歌を歌いながらグラスと炭酸水のボトルを持って戻ってきた。
「注文決まった?」
グラスにトクトクと炭酸水を注ぎながら問いかけてくる店員に、コクリと頷いてメニュー表を指差しながら料理名を読み上げていく。
「ルッコラのサラダ、アスパラのソテーにポーチドエッグと生ハムを載せたもの、キノコのピザ、ボロネーゼ二つ」
丁寧にイタリア語で書かれた料理名を指で辿りながら口にすると、店員は伝票にサラサラと注文を書き込んでいく。実践での会話は初めてだけれども何とか通じているようでホッとしていると、不満そうに頬を膨らませた少佐がコンコンと指でテーブルを叩いた。
「おい。肉がないぞ」
まるで子どもみたいに不服を伝えてくる少佐に眉を下げて笑いながら注文を続ける。
「わかってる。あと、カツレツと仔牛のソテー。シェアしたいから取り皿も付けてくれ」
全ての注文を終えてオーダーを厨房に通しに行った店員の後ろ姿を見送っていると、フフ、と小さな笑い声が耳に届いてムッとしながら少佐に目を向ける。
「……何だよ」
慣れないイタリア語にケチをつけられるのか、それとも注文の内容が気に食わないのか、どちらだろうかと身構えていると、ふわりと笑った少佐が肩の力を抜いてそっと椅子に背中を預けた。
「……いや? 上出来だよ。何もかもね」
口角を緩く持ち上げながらテーブルに肘をついた少佐は、手の甲に顎を乗せて思わせぶりに微笑んだ。
「ちゃんとデートっぽくなってきたじゃないか。こちらの恋人たちは料理をシェアするなんてあまりしないらしいけど、ひとつのものを分け合って食べるのはとてもそれっぽい」
「……そりゃどうも」
嫌味でそう言われているのか、素直に褒めてくれているのかがイマイチわからなくて気恥ずかしい思いを隠すように炭酸水に口を付ける。シュワリと口の中で弾けた軽やかな感触は、思ったよりも自分の喉が渇いていたことを教えてくれて、ひと息ついてからもう一度ちょうどよく冷えたそれを口に含んだ。
会話が途切れて、ほんの少し沈黙に包まれていた俺たちのところに、先程のご機嫌な店員がサラダの載ったプレートと食器の類を持って戻ってくる。店員は陽気な歌を口ずさみながら俺たちの前にサラダを並べてカトラリーの入ったケースと取り皿を置いた。
「ボォンナペティート!」
「……グラッツェ」
ばちりと大袈裟なくらいの派手なウインクと共に去っていった店員に、現地の言葉で返事をしながらカトラリーケースに手を伸ばしてナイフとフォークを取り出す。まずはポーチドエッグを崩してアスパラに絡めながら生ハムとそれを見た目よく俺の前に置かれた皿に取り分ける。それを少佐に手渡すと少佐は心得ているというように自分の前に置かれた空の皿と交換した。残りのアスパラを交換した皿に盛り付けてから、少佐に新しいフォークとナイフを手渡すと、行儀良くそれをテーブルの上に並べてから手のひらを合わせた。自分もそれに倣って手のひらを合わせて少しだけ頭を下げる。
「いただきます」
「いただきます」
ご飯を食べるときはいつ如何なる時もいただきますの挨拶を欠かしてはいけない。
そういうどうでも良さそうで実は大切なルールはちゃんとパンドラの中に浸透している。自分の好きなようにしか働かないくせにこういった細かなところは徹底していておかしく感じる部分もあるけれど、ある意味この人らしいとも思えて馴染んでしまうのだから不思議だ。
玉子の黄身を絡めたアスパラにフォークを刺して口に運びながらチラリと少佐を見つめる。綺麗な所作でナイフとフォークを扱いながら丁寧にアスパラを切り分けている少佐は、くるりと生ハムをアスパラに巻いてもぐもぐと黄身もこぼさずぺろりと平らげている。それを見ながら次のサラダを取り分けていると、空になった皿を俺に差し出しながら少佐は、ふと思いついたように口を開いた。
「……考えてみれば、外でお前とこうしてふたりっきりで食事するのってなかなかないよな」
新しく取り分けたルッコラのサラダを受け取って、少佐はテーブルに置かれたバルサミコ酢のボトルを手に取った。それを適量振りかけながら俺に渡して、今度はオリーブオイルのボトルを手に取る。
「船の中で食事を摂るときは大体司郎が運んできてくれるから、僕の食べたいものをお前が把握してて当然だってこと、今気付いたよ」
サラダに調味料を掛けながら少佐の呟きに耳を傾けてがっくりと肩を落とす。全てのボトルを元あった場所に戻してから肩を竦めて少佐に答えた。
「……いちおう俺はアンタの体調とか気分に合わせて食事を準備してたつもりだ。毎回アンタの好み通りだったわけじゃないとは思うけど、ずっと見てきたから好物くらいはわかる」
ム、と眉を寄せながら葉物にフォークを突き立てて口に入れる。不平を飲み込むようにムシャムシャと独特の苦味が広がる葉を噛み砕いてゴクリと飲み込んだ。そのまま皿の上のサラダを全部綺麗に食べてしまうと、ちょうどいいタイミングで次の料理が運ばれてくる。
「お待たせ! 熱いよ! 気をつけて!」
ピザの載った大きなプレートをテーブルの真ん中に置いてから、賑やかな店員はボロネーゼのパスタを手際良く並べていく。新しい取り皿を追加しながら食べ終えた皿をピックアップしていった店員は、今度は口笛を吹きながら店の中へと消えていった。
本当にイタリア人は陽気な人間が多いなと思いつつ、ちょっと空気が悪くなりそうだった雰囲気を払拭してくれるようで有り難いと心の中で感謝を述べる。少佐はまだ難しい顔でもそもそとサラダを食べていて、やっぱりこの人苦味の野菜は嫌いで子どもみたいだ、と思った。
「野菜の好き嫌いも把握してる。でも身体の為だ、食べてくれ」
いつも船で食事を出すときと変わらない調子で告げると、不満そうに頬を膨らませた少佐が残りの野菜を口に放り込みながら言った。
「僕はエスコートを頼んだつもりなのに……これじゃあいつもと変わらないじゃないか! 子ども扱いしやがって!」
プンプンとわかりやすく怒った顔をしている少佐に眉を下げながらまだ熱々のピザをナイフで八等分に切り分けていく。
「エスコート……っていうか、俺はいつも少佐のこと気遣ってるよ」
カットしたピザを一枚取り皿に載せて少佐に差し出すと、少佐はむくれたまま素直にそれを受け取ってパスタよりも先にピザを頬張った。
その様子を見守りつつパスタをフォークに巻き取りながらボロネーゼソースを絡める。削ったパルミジャーノが掛かったそれを口に運んでもぐもぐと咀嚼していく。粗い牛挽き肉の肉汁とモチモチとしたパスタの組み合わせが絶妙にマッチしていて、食べ応えのある一品だ。
半分ほど食べ進めたところで自分もピザを食べようと取り皿にピザを取り分けていると、ピザを食べ終えてパスタへと移った少佐がクルクルと器用にフォークを回転させながらひと口分のパスタを掬い上げている。それを口の中に入れて味わうように目を閉じていた少佐は、ごくりと口の中のものを飲み込んでからゆっくりと目を開いてオレを見つめた。
「……結局、僕のことどこまで本気なんだよ。司郎」
まるで明日の晩御飯は何ですか、と聞くような軽さでそれを聞いてくる少佐に思わず目を見開く。
聞くにしてもそんな直接的な聞き方じゃなくて、もっとオブラートに包んだ言い方だってできたんじゃないか。
ぎゅう、と寄ってくる眉間を指先で解しながら、そんな聞き方ができる人であれば子どもの頃のあのふざけた遣り取りは起こり得なかった、と思い至って溜め息を吐く。
あの頃は自分もまだまだ子どもだったし、うまく躱すこともできずに真正面からぶつかって反発することしかできなかった。そしてそのまま終われていればよかったものの、終わるなんてことはできずに大事に大事に胸の奥に仕舞い続けて、きっとそれも目の前で何食わぬ顔をしてボロネーゼのパスタを食べている少佐にはバレている。
この人相手に隠し事をするということ自体が無謀だとはわかってはいたけれど、まだ純粋に少佐を想っていたあの頃よりも捻くれてしまった自分は、バレていようがバレていまいが、隠し通せているフリを続けるしかなかった。
「……どこまで本気、って……どこまでも本気だよ」
どう自分が足掻こうが、きっとこれは変わらない。
少佐は自分の中の特別な一番で、これ以上の存在なんて後にも先にも現れるわけがない。
根拠のない自信かもしれないけれど、それだけは確信を持って言い切ることができた。
「……アンタにとって俺は相変わらず揶揄いがいのある子どもかもしれないけど……俺はずっと……本気だ」
切り分けたピザを自分の取り皿に載せてぽつぽつと言葉にしてみると、改めて自分の口走った内容が恥ずかしくなってカッと頬に朱が走る。気恥ずかしくてせっかく取ったピザを食べることができずそっとパスタ皿のサイドに置く。赤い頬を隠すようにほんの少しだけ俯くと、はぁ、と呆れたような溜め息が耳に届いた。
「……本気って、お前……僕は親だぞ?」
指先でフォークを弄びながら眉を寄せて俺を見る少佐の視線はまるで子どもに言って聞かせるような色を含んでいる。その態度に苛立ってグッと眉間に力を込めながら少佐を睨みつけた。
「アンタ自分は亡霊だから親の代わりにはなれないって言ったじゃないか。都合の悪いときだけ親のフリするのは理不尽じゃないか?」
俺の言葉に驚いたのか、少佐は目を見開いて俺を見つめている。その気の抜けた顔に少しだけ勝ち誇った気分を味わってから、少し冷めたピザを手に取った。
「それに……俺はアンタに出会ったとき、もう物心ついてたんだ。少佐が本当の親じゃないっていうのはわかってたよ」
少佐に親の面影を求めていながら、本当の親でもなければ親代わりにもなってくれないのだと感情とは別のところで理解していた。それでもまだ幼かった自分は感情に左右されて少佐に自分たちの親であることを求めたし、それが少佐を追い詰めることになるとも気付けていなかった。今となってはもう幼気な頃の思い出で、そんなことを少佐に求めてもいないし、少佐が自由にやれるよう自分が大人になって動く方がよほど少佐のためになる、と実際に組織の中で行動している。今日本に向かっている船の中のみんなだって、同じ思いで少佐をバックアップしているはずだ。
自分はもう、感情に振り回されるだけの子どもではなくなった。
「何と言われようと、俺にとって少佐は大切な人だ」
視線を上げて真っ直ぐに少佐を見つめると、苦いものを口に含んだように顔を顰めて、少佐は重々しく口を開いた。
「……確かに、お前が言うように親ではないかもしれないけれど。年上の先輩として、揶揄うんじゃなくちゃんと導いてやるべきだったのかもな。こうなったのはあの時なにもしなかった僕の怠慢のせいかもしれない」
止まっていた食事の手を動かしてもう一枚ピザを自分の皿に載せた少佐は、まるで口元を見せつけるように色っぽくピザにかぶりついた。
「世の中には美しい魔物がいるんだよって、ちゃんと教えてあげればよかった」
オマケにペロリと唇に付いたソースを舌先で舐め取って唇の端に付いた油を親指の腹で拭っている。
これでもかと言うくらいに、相手を惑わせる美しい顔を存分に使って、俺にアピールしてくる少佐に、うんざりと溜め息を吐いてから色気なんて関係ないと自分もピザを頬張った。
「……少佐は美しい魔物なだけじゃないって、俺は知ってる」
もぐもぐと具材と一緒にピザ生地を噛み締めれば、チーズと一緒にジューシーなキノコの出汁が広がって幸福感に包まれる。ゆっくり咀嚼してごくりと飲み込んでから、潔く笑って続けた。
「だからこそ、この想いは捨てきれなかった」
胸の奥で大切に、自分でも笑ってしまうくらい深く根付いてすくすくとその想いは育っていた。今ではもう呼吸をするように自分と共にある。
「……僕の色気に釣られないなんて、お前相当変わってるんじゃないか?」
僕のこと好きな男は大体これで堕ちるのに、と不服そうに唇を尖らせた少佐は行儀悪く両手にピザを掴んでむしゃむしゃと勢いよく食べ始める。自分もそれに負けないようピザとパスタを口に運んで次の料理を待ちながらポツリと答えた。
「俺は……毎日見てるから慣れただけだと思う」
空になったピザの皿を横に避けながらフォークにパスタを絡める作業に戻ると、ポカン、と口を開けた少佐が信じられないとでもいうように身を乗り出した。
「え……まさか、お前、僕ほどの美人を前にして、美人は三日で飽きるって言いたいのか? 僕の美しさは永久不滅だぞ?」
まるでこの世のものではないものを見るような目付きで俺を見つめる少佐に、よくそこまで自分の容姿に自信が持てるものだと呆れながら、パスタの皿も空にしてしまう。
「飽きたわけじゃない。少佐のこと、美人だとは思ってるよ」
食べきったパスタ皿もピザの皿の上に重ねてしまえば、不満そうに眉を吊り上げて頬を膨らませた少佐が、ブツブツと文句を言いながらパスタとピザを完食してふんぞり返ってみせた。
「……そういうの、誰に教わったんだ? お前まだ童貞だろ?」
お行儀悪く食べ尽くしたクセにいやにお行儀よく口元を紙ナプキンで拭っている少佐に眉を寄せて溜め息を吐く。
「……今は童貞とかそういう話は関係ないだろ」
「なくはないだろ。僕はお前に彼女がいたなんて話を聞いたことないし、彼氏がいたなんて話も聞いてない!」
「……だからなんで急に親の顔するんだよ! 俺が誰と交際してようが関係ないだろ!」
「なんだよ遅めの反抗期か?! それとも僕よりも気になる本命がいるってのか?!」
「そんなこと言ってない! 俺のなかではアンタだけがずっと特別な存在だ!!!」
キッと眉を吊り上げて叫べば、少佐はわなわなと口を震わせて顔を顰めてしまう。
そして赤くなった頬を俺に見せないように俯けて、チッと舌打ちをした。
「おまたせ! カツレツと仔牛のソテーだよ。分けておいたから仲良くお食べ!」
そこにタイミングよく最後の料理が運ばれてきて、空のプレートと出来立ての料理が並べられる。相変わらずご機嫌な店員は伝票をテーブルの隅に置いてからウインクをして去っていった。
その後ろ姿をしっかりと二人で見送ってから、少佐は先ほどまでの話題をぶり返すように口を開いた。
「……なんかすごく腹立たしい。だからお前の分の肉も寄越せ」
「はぁ?」
「僕は腹が減ってるんだ! デートだっていうならお前の肉も僕に渡すくらいの甲斐性を見せろ!」
意味わかんねぇ! と叫び返しながらも手は肉を切り分けて取り皿に移しているのだから救いようがない。
そんなどうしようもない自分を心のなかで笑いながら、やいやいと二人で騒がしく肉料理を堪能した。

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