おかしいな、と思った最初のきっかけは、いつまで経ってもメッセージが既読表示にならないことだった。
いつもなら、どんなに遅くても昼までには既読が付いて返事が返ってくるのに、もう夜と言ってもいい時間になっても返事が来ない。いつの間にか既読にはなっていたから、メッセージは確認しているんだと思うけど、返事がないのは初めてで、飲み過ぎたせいで体調崩してるのかと心配した。
今度からは体調をみて酒の量をちゃんと気遣ってやんねぇとダメだなと反省しながら、体調を心配する旨のメッセージを送ったけれど、それにも既読が付いただけで、翌日になっても返事は返ってこなかった。
幸い、今週早々にバベル本部に行く予定がある。その時、時間を作って様子を見に行けばいい、とできるだけ既読スルーについて考えないようにしながら、落ち着かない週末を過ごした。
待ちに待った、週が明けてバベル本部での用事を済ます日。
同行していた部下に簡易な報告は任せて自分の用を済ますべく、予知対策課へと向かった。その中にある実働部隊総括本部の司令室に彼女はいるはずだ。
自分が医療研究棟の全体を任されるようになった後、偉くなった皆本が創設した部隊。そこに紫穂ちゃんは特務エスパーとしてだけでなく作戦参謀としての肩書きを背負って配属された。
自分が特務をしていた頃にはなかったフロアの配置を確認しながら目的の部署へと進んでいく。今日出勤していることは受付で確認してあるから、あとは適当に人を捕まえて紫穂ちゃんはどこにいるのか聞き出せばいい。複雑に入り組んだ廊下を進みながら人を探していると、進んでいる方向から喋り声が聞こえて、ちょうどいいと足を速めた。
「……どうでしょう? きっと気に入ってくださると思うんですけど」
話している声が明瞭に聞き取れる距離まで来て、おっと、と慌てて足を止めた。
「良ければ……その、今夜とか、ご一緒頂けませんか?」
やべぇ、空気読まずに割って入っちまうトコだった、と胸を撫で下ろしていると、喋っている相手の声が耳に届いて思わず眉を寄せた。
「……そうですね。今夜はちょっと遅くなりそうなので難しいですけど、明日なら大丈夫ですよ?」
聞き慣れた声が、明らかにデートと思われる誘いを受けていて、身体が硬直する。本当ですか! という男の嬉しそうな声が耳に届いて、半ば反射的に飛び出して二人の間に割って入っていた。
「おぉ! 紫穂ちゃん! ちょうど良いところに! 探してたんだ。今いけるか?」
自分でもかなり無理のある展開だと思う。精一杯笑顔を浮かべているつもりだけれど口元は引き攣っていたかもしれない。パッとこちらを見た二人は驚いた顔をしている。そりゃそうだ、俺だって驚いてる。
「……あれ。ワリィ……もしかして、取り込み中だったか?」
何とか場を濁そうととぼけたフリをして頭を掻くと、ギロリと紫穂ちゃんに睨まれてしまう。相手の男は知らない顔で、恐らく紫穂ちゃんよりも少し年上くらいの真面目そうな男だった。
「すみません、邪魔が入ってしまって。また後でお話の続きさせていただいてもいいですか?」
「は、ハイ! じゃあ僕、待ってますね!」
男は紫穂ちゃんの言葉に嬉しそうに笑いながらすぐにこの場から立ち去った。弾むようなその後ろ姿を一瞬だけ睨み付けてから、紫穂ちゃんに視線を移す。紫穂ちゃんは冷めた表情のままそっぽを向いていて、二人きりだというのに何だか居心地の悪い空気に包まれていた。
「……何の用?」
冷え切った紫穂ちゃんの声が重い静寂を破る。その声の低さにびくりと肩を震わせつつも、キッと眉を寄せながら紫穂ちゃんに向き合った。
「……さっきの男、誰だ? 明日デートするのか?」
本来の用件とは違う内容を問い詰めてしまったことに自分で驚きながらも、今更出た言葉を引っ込めることなんてできないし、実際気になっていたことなんだから、と自分に言い訳しながら紫穂ちゃんの返答を待つ。紫穂ちゃんは俺の問いかけにほんの少し眉を寄せて、不愉快そうに俺へと視線を投げつけた。
「……立ち聞き? 趣味悪いわね。先生には関係ないでしょ」
言い終わる前に紫穂ちゃんは俺から顔を背けてしまう。その横顔がどんな表情をしているのか読み取れなくて戸惑ってしまった。
「関係ないって……確かにそうかもしんねぇ、けど」
紫穂ちゃんの言葉に、ごもっとも、と思いつつ、いや関係なくはなくね? と詰め寄りたい気持ちも何故か湧いてきて、もごもごと自分のよくわからない感情の波を抑えつけながら口を動かす。黙って俺の様子を窺っていた紫穂ちゃんが、はぁ、と深く溜め息を吐いてうんざりしたように口を開いた。
「で? 何の用? 私に用があったんでしょ?」
明らかにご機嫌斜めの様子が窺える紫穂ちゃんに、ちょっとだけおどおどしながら本当の用件を伝える。
「あ、あぁ……メッセージ送っても返事ないから。心配して、様子、見に、来たんだ、けど」
なんでこんなに機嫌悪いんだ?
さっきの男と喋ってるときはこんなじゃなかったよな? 俺なんかしたか? と冷や汗を掻きながら何とか喋ると、紫穂ちゃんはニコリと物凄く綺麗な笑顔をこちらに向けた。
「ごめんなさい。忙しくって返事できなかったの」
それ以上の言及は認めない、とでもいうように、紫穂ちゃんは余所行きの笑顔で答えている。今までにない壁を感じる言い方に、そうか、としか答えられなくて、また重苦しい沈黙が俺たちを包んだ。
なんだなんだ? と紫穂ちゃんの様子を疑問に思いながら、針で刺されているような痛みを伴う静けさにもめげず何とか声を掛ける。
「あ。なぁ、今日俺こっちなんだけど良かったら飯行かねぇか?」
飯でも食いながら一体何があったのか聞き出して、紫穂ちゃんの好きなチョコのスイーツでご機嫌を取って、早くいつもの紫穂ちゃんに戻ってもらおう。うんうんそれがいい、と心の中で頷いて、いつもみたいに、いいよ、と返事してくれるであろう紫穂ちゃんの反応を待った。
すると紫穂ちゃんは相変わらず余所行きの笑顔を俺に向けて、まるで薄い壁の向こうにいるみたいに一歩分の距離を取った。
「行かないわ。用はそれだけ? 私忙しいの。もういいかしら」
「え……あ、あぁ。ゴメン、引き留めて」
紫穂ちゃんはそのまま、何も言わずに俺に背中に向けて廊下を歩いていってしまった。
えぇー? と思う間もなく紫穂ちゃんが視界から消えてしまって、呆然と廊下に立ち尽くしてしまう。正しく、ポカーンと口を開けて身動きひとつ取れずに固まっていると、ポケットに入れていた端末が震えてハッと意識を取り戻した。端末を操作して、誰からの通話かも確認せず耳に当てる。
「はいもしもし賢木です」
「部長! どこ行っちゃったんですか?! っていうかどこにいるんですか!? 早く戻ってきてください!!!」
「……あ! あぁ、スマン! すぐ戻る! 今どこだ?」
慌てて足を元来た道へと動かして駆け足で廊下を進んでいく。部下が伝えてくる場所への最短ルートを導きながら、仕事に戻るため一旦頭を切り替えた。
星屑キラリ - 9/14
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