星屑キラリ - 6/14

「紫穂ちゃん、着いたよ」
「……んぅ」
ゆさゆさと優しく身体を揺さぶられる感触に、ふ、と意識が浮上する。うとうととしたまだ目覚めきっていない頭を動かして周りの様子を探ると、先生がタクシーの運転手さんといくつか遣り取りをしてお金を支払っているのがわかった。
「せんせぇ……?」
「君の家に着いたぞ。起きられるか?」
「んー……無理ぃ……」
ぽやぽやする思考のまま先生の声に答えると、しょうがねぇなぁ、と小さく笑いながら先生は私の身体を抱き寄せた。
「ありがとうございました。ホラ、降りるぞ。紫穂ちゃん」
先生に促されるまま車の外に出ると、紫穂ちゃん鞄忘れてる! と慌てた先生が声を掛けてくる。んぅー、と寝惚け眼で首を傾げていると、先生が置き去りになっていた鞄を取りに戻ってもう一度運転手さんに挨拶をした。バタン、と車のドアが閉まる音に目をパチパチさせていると、先生は私の鞄を持ったまま私の肩に手を置いた。
「ほら、行くぞ。頼むから部屋までは歩いてくれよ?」
「ぅー……」
「ほら頑張れ。あと少しだから」
先生は私を支えるように肩を抱き寄せて歩いていく。無理矢理歩かされることで少しずつ頭が明瞭になってきて、自分のマンションのエレベーターホールに辿り着いたことがわかった。停まっていたエレベーターに二人で乗り込むと、とんとんと先生が私の肩を叩いた。
「君の部屋、何階だ?」
「……ご、かい」
「五階だな? 部屋番号は?」
「ごー、まる、に……」
「わかった」
先生が五階のボタンを押すとドアが閉まってエレベーターが動き始める。先生の手付きに躊躇はなかった。
これってひょっとして、ひょっとするのかしら。
すっかり冴えてしまった頭が、この状況を分析する。先生は私の肩を抱いたまま、別段動揺した様子もない。
このまま甘えてしまえば。
もしかしたらそういう状況に持っていけるのではないだろうかとふわふわした頭で考えて、そろりと先生の身体に体重を預けた。すると先生は身を寄せるように私の肩を抱き寄せて、お互いの密着度が更に増した。先生の付けている香水のにおいもわかるくらいの距離にどぎまぎしながら、こてりと甘えるように頭を先生にもたげる。するりと自然に頭を撫でてくれるのが嬉しくて、やっぱりこれってそういうことよね、と期待に胸が震えた。
チン、とエレベーターが到着を知らせてゆっくりとドアが開く。ここまで来たら、もう絶対そういうことだと思って、嬉しい気持ちを押し隠しながらふらついているフリをして、先生に甘えるように凭れ掛かった。
「部屋どっち?」
「……あっちだよ?」
心なしか自分の声も甘えたような響きになってしまっているのが恥ずかしい。何とも言えない気持ちで口許がニヤけそうになるのを俯いて隠しながら、先生にしがみついて部屋までの道を歩いていく。
「鍵どこ?」
「かばんのなか、だよ?」
悪いけど鞄の中見るぞ、とひと言先生が謝ったのを聞き流しながら、先生が鍵を取り出すのを今か今かと見守る。きっと鞄の中を透視したのだろう、すぐに鍵を取り出してみせた先生は、ガチャリと施錠を解いて私を部屋の中へと促した。
「ほーら、着いたぞ。もう少しだ、頑張れ」
モタモタともたついているフリをしながら玄関に入ると、ドアのオートロックが作動する。ペタリ、と上がり框に座り込んで先生を見上げると、靴脱がないのか? と声を掛けられた。
「ぬげない……もう、うごけない……せんせいやって」
んー、と甘えるように先生に手を伸ばすと、しょうがねぇな、と笑いながら先生が靴を脱がしてくれる。
「はいどーぞ、オヒメサマ。何ならベッドまでお運びしましょうか?」
きた。
まさか、本当に望んだ展開になるなんて。
お願い、と答えるのが恥ずかしくて先生に手を伸ばしたままこくりと頷いてみせると、先生は今日だけだぞ、と笑って私の身体を抱き上げた。ぎゅっと先生に抱きつくと、しっかり捕まっとけよ、と言いながら先生は廊下を進んでリビングに置いてあるソファに私を座らせた。
「ちょっと待ってろ」
そのままキッチンに消えた先生はコップに水を汲んで私の元に戻ってくる。
「ほら、これ飲んで」
言われるがままコップの水を飲みきって先生に渡すと、先生はまたキッチンに消えてしまう。すぐに戻ってきた先生の手にもうコップはなかったから、コップを置きに行ったんだなとぼんやりした頭で考えた。
「立てるか?」
私の顔を覗き込みながら聞いてくる先生に、ふるふると首を横に振って手を伸ばす。しょうがねぇな、とまた笑った先生は私を抱き起こして耳許で囁いた。
「……寝室、どこだ?」
言葉で答えるのが恥ずかしくて部屋の方向を指差すと、先生は私を抱えたまま寝室へと向かって、ゆっくりドアを開けて中に入った。日頃から掃除と片付けを頑張っておいてよかったと思いながら、先生にぎゅっと抱きつく。バサリと布団を捲った先生が、そっとベッドに私を横たわらせた。私の頭を撫でながら身体を離した先生が、ベッドの淵に腰掛けて、優しい目で私を見下ろしている。
あー、いよいよそういうことになっちゃうんだな、と先生の目を見つめ返していると、先生は私の身体に布団を掛け直した。そしてその上からぽんぽんと優しく布団を叩いて。
「ゴメンな。いつもと量変わんねぇと思ってたけど、飲ませすぎたのかもしれん」
ゴメンな、と先生はもう一度謝って、私の頭を撫でた。え? と答える間もなく触れたところからあたたかい何かが流れ込んできて、急激な眠気に襲われる。
「二日酔いにならないようにだけ、おまじない掛けとくな。ゆっくりおやすみ」
優しい声でそう言って、先生は立ち上がる。
は? と思っているうちに先生はもう一度おやすみ、と私に声を掛けてそのまま部屋から出て行ってしまった。ぱたん、と寝室のドアが閉まる音がしたと思ったら、その後すぐに玄関の扉が開く音がして。あっという間に玄関のオートロックが作動した音が耳に届いた。
嘘でしょ?
この状況で帰るわけ?
そんな言葉を先生にぶつけることも叶わずに、私は引き摺り込まれるような睡魔に呑み込まれていった。

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