星屑キラリ - 5/14

帰り支度を済ませて二人並んでお店の出口へ向かう。お店の人たちに御馳走様でしたと伝えて、またお越しくださいませという返事に頭を下げてから先生がドアを閉めた。
「タクシー拾えるまでちょっと歩くか?」
外に出て夜空を見上げた先生が、笑顔でこちらに振り向いた。もう先ほどの話題を振(ぶ)り返(かえ)すつもりはないようで、ホッとしながら先生の横に並ぶ。
「そうね……駅の近くまで歩けば、タクシー停まってるんじゃない?」
「……そうだな。じゃあ駅まで歩くか」
そう言って歩き始めた先生の隣をゆったりした歩調でついていく。先生が夜空を見上げながら歩いているのに倣って、私も空を見上げた。ちらちらと都会の灯りに負けないように瞬いている数少ない星が、暗い色をした夜の空に散らばっている。
「そういやさ……今日の格好、何かあったのか?」
「え?」
「何て言うか……気合い入ってんじゃん? 誰かと会ってたのか?」
ちら、と一瞬だけこちらを見て、すぐに視線を空に戻した先生は、目を伏せながらゆっくりと前へ視線を移した。その横顔からは何の表情も読み取れない。
ねぇ、どうしてそんなこと聞くの?
私のことちょっとでも気にしてくれてる?
私が他の人と会ってたとしたら、ほんの少しでも嫉妬してくれたりするの?
そんなことを思い浮かべながら、ただひたすらに整った先生の横顔をじっと見つめていると、段差に足を取られて足を縺れさせてしまった。
「あっ」
「おっと」
躓いて転びそうになるのを先生が咄嗟に受け止めてくれて、先生の腕に凭れる形になる。一気に近くなった距離感にドキリとして、触れているあたたかな体温に目が眩んだ。
「大丈夫か?」
先生の声が近い。こんな風に先生の身体に触れることなんて今はもうめったにない。昔と変わらない、男らしい太い腕にきゅんと胸がときめいた。
「……酔っちゃった、かも」
ごく自然と出た言葉に、自分自身ドキドキしてしまって先生の顔が見れない。きゅ、と先生の袖を掴む手に力を込めると、先生は私の身体を支えながら体勢を立て直した。
「大丈夫か? 水買うか? 少し休むか?」
心配が窺える声色に甘えて、先生の腕にそっと手を絡める。
「……大丈夫……でも、できれば……その……このままでも、いいかしら?」
緊張で先生の顔を見ることはできない。指先も少し震えてしまっている気がする。ぎゅっと目を瞑って息を吐きながら先生の反応を待った。
すると先生はそっと私の手の甲を上から撫でて、安心させるように言った。
「いいよ。掴まってな。早くタクシー探そう」
先生は私を庇うように歩きながら、ゆっくりと大通りへ向かう道を歩き始めた。先生に促されるように私も一緒に歩いていって、ほんの少し、先生に寄り掛かるようにして体重を預ける。よろりとよろけた身体は何だか本当に酔っているような気がしてきて、先生の腕にしっかりと腕を絡めた。
「もうすぐだからな。いけそうか?」
「……うん」
優しい声が振ってくるのを受け止めながら、先生がタクシーを呼び止めるのをぼんやりした頭で見ていた。
「ホラ。タクシー拾えたぞ。乗れそうか?」
「……大丈夫」
先生に誘導されながらタクシーに乗り込むと、先生も私の後を追うように後部座席のシートに座った。離れてしまった体温を寂しく思いながら、先生が運転手さんに行き先を伝えているのを盗み見る。伝えた行き先は私の住んでいるマンションの住所で、がっかりしながらシートの背凭れに背中を預けた。行き先を伝え終わった先生もシートに深く座り直している。それをチラチラと気にしていると、ふわりと笑った先生がこちらを見た。
「家までもうすぐだから。気持ち悪くなったら言うんだぞ?」
「……わかってるわよ」
どこまでも年上の、保護者の対応をされるのが悔しくて、うっかりすると泣いてしまいそうな顔を隠すために目線を下げる。こういうときに表情を覗き込もうとするような無粋なことをする男ではないことにだけ感謝して、ゆっくり目を瞑った。
勇気出したけど駄目だったなぁ、と思いながら、程よくお酒の回った身体はタクシーに揺られてうとうとと睡魔を呼び寄せている。このまま寝ちゃったらお持ち帰り、なんてこともあるかも、なんて淡い期待が脳をチラつく。それとも送り狼とか? そういうことも有り得るかもしれない。そう考え出すとますます眠くなってきて、本格的に睡魔に負けてしまいそうだった。眠気でふらふらする頭を支えようとシートに手を突くと、そっと肩を抱き寄せられて、頭がとすりと先生の肩に当たった。
「寝てていいよ。起こしてやるから」
さっきみたいに近い位置で先生の声が聞こえる。その声はすごく優しい。オマケに私を抱き寄せる腕も優しい。触れ合っているところがほんのりあたたかくて、先生の体温も優しくて。とくん、とくん、と心臓が静かに高鳴るのを感じながら、先生に甘えるように身体を預けた。
「……アリガト」
すり、と先生に擦り寄って小さい声で答える。もう殆ど開いていない目を閉じながら頭をちょうど良い位置に収めると、先生の大きな手が私の頭を撫でてくれて。初めて体験する優しい触れ合いに、もしかしてこれがワンチャン、ってやつなのかしら、とぼやけた思考で考えた。
あったかくて、優しい。そんな先生に包まれて、ドキドキと期待に弾む鼓動を感じながら意識を手放した。

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