星屑キラリ - 10/14

「今日はほったらかしにしてスマンかった。取り敢えずこれで今日の任務は終了。お疲れさん! 今日はもう直帰でいいぞ」
「……お疲れ様です。賢木部長はこのまま帰られるんですか?」
「あー、いや、俺は皆本んトコ寄ってから帰るわ」
じゃあな、と今日連れてきた部下たちにひらひらと手を翳して挨拶をすると、部下たちもぺこりと礼をしてから俺に背を向けて出入り口へとそれぞれ歩いていった。
さて、と俺はスマホを取り出して皆本に連絡を取る。今から会えるか? と皆本にメッセージを送りながら皆本がいるであろうバベルの中心、特務運営指令室の中にある皆本専用の個室へ向かう道を進む。
俺があっちで働くようになってから、こっちはえらく内部が変わっちまったなぁと思いながら、エレベーターに乗り込むと、皆本から短く、いいけど? と返事が入った。よし、と端末をポケットに戻して目的の階のスイッチを押す。
ぐんぐん上を目指すエレベーターに揺られながら、仕事モードから切り替わった頭がふと紫穂ちゃんのことを思い出した。
なんかめちゃめちゃ機嫌悪かったな、というより、怒ってた? 何に? 俺?
何かやらかしたっけ? と思い当たる節を思い返してみるけれど、なかなか思い当たらないまま皆本の執務室の前に辿り着く。コンコンとドアをノックしてから、返事を聞く前にカードリーダーに自分のIDカードを通した。
「どうぞ」
「よぉ、皆本。お疲れー」
シュン、と開いた扉の中へ進んでひらひらと手を振ると、パソコンに向かっていた皆本が顔を上げてこちらを見た。
「今日の任務は終了か? 賢木」
「おー。報告と小さい会議だけだったからな。内容は大したことねぇよ」
「まぁそれでも。お疲れ様。慣れない本部での業務は気を遣うだろ?」
「確かになぁ。新しい部署とか全然覚えらんねぇ」
肩を竦めてそう告げると、こっちにいるわけじゃないから仕方ないよ、と皆本は笑った。
珈琲でも入れようか、と立ち上がった皆本の気遣いを、忙しいとこお構いなく、と丁重にお断りして、何でもない風を装って切り出した。
「あ、そういやさ、今日紫穂ちゃんに会ったんだけど。何かあったのか?」
「……何か、って?」
「うーん……何て言うか……めちゃめちゃ機嫌悪くて、さ」
皆本のデスクの側に折り畳み椅子を引っ張ってきて座りながら首を傾げる。すると皆本はパソコンに向かっていた身体をこちらに向けて、背凭れに身体を預けて言った。
「あー……紫穂は怒ってるんだよ」
「……怒ってる?」
「怒る理由はわからなくもないけれど、僕自身の意見はそれで一方的に怒るのはちょっと短絡的かなと思わないでもないけどね」
顎に手を遣りながら皆本はほんの少し眉を下げて何とも言えない表情を浮かべている。皆本の言い口から、皆本はどうやら紫穂ちゃんがご機嫌を損ねている理由を知っているようで。
「……皆本、お前はどうして紫穂ちゃんが怒ってるのか知ってるのか?」
思わず眉を寄せて皆本に問いかけると、皆本は綺麗に笑ってこちらを見た。
「知ってるよ。因みに言うと、僕も君に対して怒ってる」
「……は?」
「薫も巻き込んだからね。だから僕もちょっと怒ってるよ」
「へ? はぁぁ?!」
「昼間から僕の家でお酒を飲んでた。チルドレン三人で。紫穂が怒ってる理由はその時に散々聞かされた」
「え? えぇぇ?」
何かに怒って、三人で集まって、皆本ん家で昼間からお酒を飲んだ。その事実も大概衝撃的だけれど、皆本の話から予測するに、どうやら紫穂ちゃんは俺に対して怒っているようで。
「俺が紫穂ちゃんに何かしたから怒ってる……そういうことか?」
引き続き眉を寄せたまま皆本に問いかけると、皆本は難しそうな顔をして、俺に向かって頷いた。
「……正確に言うと違うけど、まぁ、そういう感じかな」
何だか当を得ていないようなよくわからない返答に首を傾げる。
「……俺、全然心当たりがねぇんだけど。何したんだ?」
「それは……まぁ、そうだろうな。というか、僕の口から言うのはちょっと」
口元を押さえてもごもごと言いにくそうにしている皆本に更に首を傾げる。
「ますますわかんねぇよ。そんな言いづらい内容なのか?」
「……と、言うより……コミュニケーションが欠けているだけだと僕は思うんだよなぁ」
皆本は腕を組んで、うーん、と唸りながら顔を顰めた。その表情は何か小難しいことを考えている時の顔で、俺はますますワケがわからなくなった。
「コミュニケーションが欠けてる……? 俺と紫穂ちゃんが? それ、マジで言ってんの?」
そんなわけないだろだってついこの前も一緒にご飯食べたんだし会話に何の違和感もなかった。
確かにその後から既読スルーされてるしそこを指摘されたら言い返せないけど、おかしくなったのはそこからなので、それをコミュニケーション不足と指摘されても俺は何が何だかわからなくて困ってしまうわけで。
どういうことだ? と眉を寄せて考え込んでいると、ふぅ、と小さく溜め息を吐いた皆本が、困ったような笑顔を浮かべて口を開いた。
「まぁとにかく。紫穂は早計だし、君は意外と鈍いってことがよくわかった。君たちはそろそろちゃんと向き合って話をする頃合いなんだと思うよ」
「はぁ? 俺が鈍い!?」
「……意外とね。鈍いというか……その辺は僕もあまり人に意見できるような立場じゃないけれど、多分……君なりにいろいろ拗らせてるんだろうな、と僕は受け取ったかな」
まるで謎かけみたいな皆本の言葉がぐるぐると頭の中を駆け巡る。
俺が? 拗らせてる? 何を?
っていうか俺鈍いの?
鈍いから紫穂ちゃんに何かやらかしちゃったの?
そんでそれを紫穂ちゃんが何か誤解して今の事態を招いてるってことか?
「よくわかんねぇけど……取り敢えず何か誤解されてるんだなってことはわかった。皆本の言うコミュニケーション、ってのがまだイマイチわかってねぇけど。とにかく紫穂ちゃんの誤解を解いて元通りになれるよう頑張ってみるさ」
ふぅ、と息を吐きながら皆本に告げると、皆本はまた小難しそうな顔をして口を開いた。
「……ちゃんとコミュニケーションが取れたなら、多分もう、元通りにはならないと思うぞ」
「え? それってどういう」
「The time has come. そろそろ潮時ってことだよ」
皆本の妙に回りくどい言い回しに首を傾げながら、ひとまずこうしちゃいられないと椅子から立ち上がる。
「ますます意味がわかんねぇけど? とにかく、もう一度紫穂ちゃんに会ってくるわ。今日の飯は断られたけど、別日で何とかならねぇか相談してみる」
折り畳み椅子を元の位置に戻しながら、皆本に向かって振り返ると、皆本は優しい微笑みを浮かべて頷いた。
「ま、僕は君たち二人の味方だから。応援してるよ」
「ん? お、おぅ……」
頑張れ、という皆本の声援を受けながら皆本の執務室を退出する。
そんな応援されるようなことなのか? と首を傾げながら、急いで紫穂ちゃんがいるであろう司令室へと足を向けた。帰ってたらどうしようと焦る気持ちを抑えつつ、スマホを取り出して、もう帰った? とメッセージを打つ。すぐ既読がついたことに何となく少しだけホッとして、返事を待ってみるけれどやっぱり返信は来ない。また既読スルーかよぉ、と悲しくなりながら廊下を駆け足で進んだ。予知対策課の前まで来て、ちょうどタイミングよくドアから出てきた紫穂ちゃんと遭遇してホッと胸を撫で下ろす。
「紫穂ちゃん! よかった、帰ってなかったんだな」
急いで紫穂ちゃんの前まで駆けつけると、紫穂ちゃんに心底嫌そうな顔で睨まれる。
「……ナニ? 何の用? 私もう帰るんだけど」
目で射殺されそうな冷たい視線を向けられて、震え上がりそうになるのを何とか堪えながら、紫穂ちゃんに笑いかけた。
「あの、さ。今日が駄目でも、今週、どっかのタイミングでまた飯行きたいな、と思ってさ」
明日とか明後日とか、できれば早い内に、と続けると、眉を寄せた紫穂ちゃんがまるで俺の顔なんて見たくないとでも言うように顔を背けた。
「盗み聞きしてたクセに……明日はもう予定が入ってるの。他を当たってくれるかしら」
一瞬苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた紫穂ちゃんは、取り繕うように綺麗に笑ってこちらを見た。その笑顔の迫力にうっと息を詰まらせつつ、紫穂ちゃんとの間にある見えない薄い壁の存在感の大きさに怯みながらも、何とか約束を取り付けようと紫穂ちゃんに齧りついた。
「じゃあ明後日は?」
「無理ね」
「その次の日」
「イヤよ」
取り付く島もない、とは正しくこの事。目の前には意地でもウンと言うものかと顔に書いてあるいっそ清々しいほど綺麗な紫穂ちゃんの笑顔。美人が怒ると怖いと言うけれど、マジでめちゃめちゃ怖い。それでもその怒ってる原因はどうやら俺らしく、何とかして原因を探って誤解を解いてまた紫穂ちゃんと楽しく食事がしたくて、必死で縋り付いた。
「……今週は俺と食事には行けないってコトか? もし平日が無理なら週末でもいいからさ」
できるだけ早い内にこの溝を埋めてしまわないといけない。このまま紫穂ちゃんにずっとよそ行きの笑顔を向け続けられるなんて耐えられない。
早くいつもの紫穂ちゃんの笑顔が見たくて、俺は必死だった。
「行きたいとこあるなら週末一緒に出掛けるとかどうだ? 俺、車出すからさ。君の家に迎えに行くよ」
とにかく紫穂ちゃんと二人で話がしたい。そうしないと始まらない。確約した予定を確保するべく思い付くままに喋った。なのに紫穂ちゃんは貼り付けた笑顔をスッと消して、苦しそうに眉を寄せて俯いた。
「どうして私を誘うの」
険しい表情のまま、紫穂ちゃんが呟く。痛々しい、鋭い響きを持った声にハッとして、え、と聞き返す間も無く次の言葉が投げつけられた。
「先生は可愛い女の子と食事してれば満足なんでしょ」
「は?」
「もう私に構わないで」
キッと睨み付けられて、紫穂ちゃんは俺の返事を待たずに横を通り過ぎていく。カツカツと紫穂ちゃんの足音だけが静かな廊下に響いて、まだ人がいるはずの屋内がまるで俺と紫穂ちゃんの二人きりのように感じさせた。
「……え?」
だいぶ遅れて溢れ出た呟きは、誰にも聞かれることなく沈黙に呑み込まれていく。動揺で震えていた声を誰にも聞かれなくてよかったと思いながら、開いた口を閉じる気力もなくして、俺はただ呆然と立ち尽くしていた。

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