イエローマゼンダ・シンドローム - 1/11

「三宮さん、またお迎えの車停まってるよ?」
「!…ありがとう、すぐ行くわ」

教えてくれてありがとう、と言いながら鞄に慌てて荷物を詰め込んで研究室を飛び出す。
大学には来ないで、とあんなに言ってあるのに懲りずにまた来たのね!

「先生ッ!」
「おー、紫穂ちゃん、おつかれー」

できるだけ目立たないように叫んでみても、相手が相当に目立っているから無意味なのかもしれない。
それでも、何とか学生達の視線から逃れたくて、先生を校門の角に追いやる。

「だから、大学には来ないでって何度言えばわかるのッ!」
「オフの日は紫穂ちゃんに会いたくて、勝手に身体が動いちゃうんだって」

にへら、と緩んだ笑顔で答える先生をバシリと叩く。

「他の予定入れればいいでしょ?!」
「えー?やだよ、紫穂ちゃんが取られるかもしんないし」
「はぁ?!」
「だって楽しいキャンパスライフだぜ?こんな可愛い紫穂ちゃんに悪い虫が付かないわけないじゃん。牽制だよ牽制」
「牽制って……バカじゃないの」

恥ずかしげもなくこういうことを言うから、先生はモテるのかしら。
私だって先生の周りにいる女達にできることなら牽制かけたいけど、私には、できない。
だって、私は、私達は。

「紫穂ちゃんが俺と付き合ってくれたら、ここまでガッツリ牽制なんてしないよ?」

まだ、正式なお付き合いをしていないから。

「あ、いたいた!三宮さん!」

名前を呼ばれて振り向くと、私に向かって駆けてくる一人の男性の姿が目に映った。

「飯塚先輩」
「ゴメンね。これ、教授が渡しといてほしいって。早い方がいいだろうから。今日渡せてよかった」

爽やか、という言葉が似合う顔で笑う彼は、同じゼミの先輩の飯塚高士先輩だ。
駆け寄ってきた先輩に向き直って資料を受け取ると、ふんわりと笑顔を返された。

「すみません、わざわざ。ありがとうございます。」
「いいんだよ。それより、あの人が噂の彼?」

飯塚先輩が、私の後ろに立っている先生をちらりと見てひそひそと聞いてくる。

「噂の彼って何ですか?あの人と私は他人ですよ?」
「…そっか。他人か。ならよかった。じゃあ、またね」

タタッ、と現れた時と同じように爽やかに去っていった先輩の後ろ姿を見送ってから、ゆっくりと先生に向き直ると、拗ねた顔をした先生と目が合った。

「…他人はねぇんじゃねぇの?他人は」
「だって…他人じゃない、私たち」
「せめて知り合いとかにしてくれよ…」

ガックリとした様子で助手席のドアを開けた先生に倣って、車に乗り込む。
シートベルトを締めると、運転席に座った先生がハンドルに凭れ掛かりながらこちらを無表情で見てきた。

「あの男、誰よ」

言いながら、少し眉を寄せて険しい表情を浮かべた先生に、ちょっとだけドキリとしながら、平静を装って先生から視線を外して前を向く。

「ゼミの先輩。飯塚さん。」
「…ふぅん」

私の顔を覗き込むように先生はこちらを窺ってくる。
何だかそれが居心地悪くて、横目で先生を睨み付けた。

「それが何よ」

少しキツい口調になってしまったとひやりとしながらも、先生から視線を外すことはせず、膝の上に乗せた鞄をぎゅっと掴んだ。

「…アイツ、絶対紫穂ちゃんのこと、好きだな」

先生はどこか拗ねたような口調で言ってから、そっぽを向いた。
その様子があまりにも可愛くて、ドキドキしながらクスリと笑った。

「そんなわけないわよ。ただ同じゼミってだけじゃない」
「いや、それで充分だろ」
「何ワケわかんないこと言ってるのよ」
「…紫穂ちゃんはもっと自分が可愛いってこと自覚した方がいい」
「あら、私、自分が可愛いってこと、よく知ってるわよ?」
「…そういう意味じゃなくて」

ハンドルに突っ伏したまま、先生はうんうんと唸っている。
それに首を傾げながら、早く出ましょ、いい加減怪しまれるわ、と先生の肩に触れた。
すると、ちらりと顔を覗かせた先生が、すっと私の手を取って指先にキスをして。

「早く俺のモノになってくれたら、こんな心配、しなくて済むのに」

私を熱っぽい目で見つめながらきゅっと指を絡めてくる先生から逃れるように、ぎゅっと目を瞑って顔をそらす。

「…私はモノじゃないわ」

こんな照れ隠しを私は一体いつまで続けるつもりなんだろう。
これだけ一緒にいて、もう私の気持ちなんてバレバレなのに。

「違いねぇ。君は俺のお姫様だ」
「ッ!…ホント、いちいちが気障なのよ」

そうかな、と笑う先生はミラーの位置を直してエンジンを掛けた。
私は、待ってくれている先生に甘えて、今日も素直になれない。
先生はそんな私ですらも受け入れてくれていて。
どこまでも甘い先生に、私はずぶずぶと嵌まっていく。
もういい加減自分に素直にならなくちゃと思っても、最後の一歩が踏み出せない。
先生みたいに大人の余裕を持てるようになったら、私も素直になれるのかしら。
滑るように走り出した車に身を任せて、シートに深く沈み込んだ。

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