星屑キラリ - 1/14

「……どうかな? 予定、空いてる?」
「ごめんなさい。最近ちょっと忙しいの。また誘ってくださる?」
「……そう言ってこの前も断ったじゃないか。一体いつなら予定空けてくれるの?」
「あら……ハッキリ言った方が良かったかしら? アナタの為に使える時間はないの」
ほんの少し眉を下げて、申し訳なさそうに笑ってみせる。すると相手は衝撃を受けたような顔をして、すごすごと何処かへ消えてしまった。
今回の男は純朴なクセにしつこかった。いや、純朴だからこそ、こちらの意図を読めずに何度も誘ってきていたのかもしれない。
ふぅ、と息を吐きながら自然と肩に入ってしまっていた力を抜いた。
「きっつー……自分、いつか後ろから刺されんで」
「刺されないようにちゃんと注意してるから大丈夫よ。葵ちゃん」
くるりと笑顔で振り向けば、呆れ顔の葵ちゃんと薫ちゃんが立っていた。
「また振っちゃったの? 紫穂」
薫ちゃんの問いかけに、眉尻を下げながら答える。
「またって言い方酷いわ薫ちゃん。今回もご縁がなかったってだけよ」
「それ、お見合いの時に言う台詞とちゃうん?」
「普通の出会いもお見合いみたいなもんでしょ? あの人とはご縁がなかった。ただそれだけよ」
「今回の人、結構しつこくアタックしてきてたじゃん? だから紫穂も遂に流されるのかなーって思ってた!」
「……私が男に流されると思う?」
肩を竦めながら二人に向かって言うと、二人は苦笑いしながら、確かに、と呟いた。それに何だか複雑な感情を覚えながらもフイッと顔を背けて呟く。
「なーんか、パッとしないのよ。男女関係なく。どの人も、ピンと来ない」
ふぅ、ともう一度溜め息を吐きながら目を閉じると、薫ちゃんがうーんと唸った。
「勿体ないよねぇ。引く手は数多なのにさ!」
それにうんうんと頷いた葵ちゃんが、眼鏡の位置を直しながら呆れたように続ける。
「せやで、ホンマに。紫穂は贅沢モンやねん……まぁ、センセイみたいな人と付き合うとったら、他なんか比べモンどころか足元にも及ばへんのかもなぁ」
腕を組みながらウーンと唸っている葵ちゃんに、眉を寄せて反論する。
「私、別に賢木先生と付き合ってなんかないわよ」
ぷぅ、と頬を膨らませながら腰に手を当てて二人に向き合うと、あーはいはい、と二人ともにサラリと流されてしまう。
「うんうんそうだね、付き合ってるんじゃなくて紫穂の片想いだったね」
「ちッ、ちがッ……わ、ない、ケド……」
「はいはい。否定せんようなっただけでも成長したなぁ、紫穂」
ヨシヨシ、とまるで子どもにするみたいに頭を撫でてくる葵ちゃんをキッと睨み付ける。
「二人とも自分に彼氏がいるからってちょっと調子に乗りすぎじゃない!? 二人にだって片想いの期間はあったでしょう?!」
目尻に浮かぶ涙を誤魔化しながら二人に突っ掛かると、慌てたような顔をした二人が私の腕を掴んで突然待機室へと飛ばされた。
「ちょ、ちょっと! 紫穂、声がデカいねん!!!」
「そ、そうだよ! 女子の恋バナはナイショの話なんだから! あんな白昼堂々大きな声で喋っちゃ駄目なんだよ!!!」
「ナニよ!!! あんなところでそんな話題を振ってきたのは二人でしょ!? どうせ私は場所も弁えられない子どもだから未だに片想いのままなのよ!」
わーん、と大袈裟に声を上げながら側にあったクッションに顔を埋(うずめ)める。
自分の抱えているものが恋だと気付くのにそう時間は掛からなかった。憎いだけだと思っていた大人が、実は自分にとても近しい存在で、でもなかなか追いつけない、自分からは離れた位置にいるのだと気付いた時、私はもう、目を離すことなんてできないくらいに心を惹かれていた。先生が男だってこと、ずっと前から知っていたはずなのに、十八歳を迎えたあの日の夜、先生は明確に私の中の何かを変えて。
私の中にずっと根付いていたその想いに恋と名前を付けてしまった。
子どもの頃からずっと自分の心を捉えて離さないその存在は、何故か事ある毎に私を食事に誘ってはくるけれど、それ以上のことは何もない。これを他人に一方的な片想いだと指摘されても、私はそれに言い返すことすらできなくなっていた。
「そんなことない! 紫穂はもう絶世の美女だよ!? 堕ちない賢木先生の方がどうかしてるよ?!」
「せやせや! 紫穂相手やから先生もビビってるだけかもやで?! 何かあったら局長にめっちゃ怒られんのわかってるやろし!」
「……もしそうだとしても。局長のアレを乗り越えてでもっていう価値が私には無いってことでしょ?」
実際、薫ちゃんと皆本さんがお付き合いするということになったときの局長はもう凄かった。先に付き合い出したバレットと葵ちゃんのときも凄かったけれど、本当に皆本さんが可哀想になってくるくらい凄かった。蕾見ばーちゃんが往なしてくれたり、意外なところで兵部少佐が皆本さんのフォローをしてくれたりで何とか正式にお付き合いすることにはなったけれど、あの時は本当にバベル史上の伝説と言ってもいいくらい凄かった。
もし、本当にその状況を自分に置き換えて考えてしまっているから私に手を出さないのだとしたら。後ろ盾もフォローも何もない賢木先生は、絶対に私とお付き合いなんてしてくれない気がする。
「でもさー、今でも最低週一は絶対二人でデートしてるじゃん? あの忙しい先生がだよ? 絶対何かはあると思うんだよなー」
「……デートじゃないわ。一緒にご飯食べて近況報告するだけ。デートだって一人で喜んでたのは最初だけで、もう今はデートだなんて思ってないの。本当にご飯食べて、喋って、送ってもらうだけ。色気も何もないのよ」
言ってて自分が悲しくなってくるくらい、二人きりの大切な時間は本当に色気のないものになってしまっていた。誘ってもらった最初の頃は、嬉しくて気合いを入れてオシャレしてみたりもしていたけれど、そんなキラキラした時間だったのは本当に最初の頃だけで、今は特に何もない。服やメイクを褒めてくれたりはしたけれど、きっと女慣れしているあの人にとってそれは挨拶と同義なんだと何となく思い当たったとき、まるで崖から突き落とされたような気持ちになったのを覚えている。
褒められたのが嬉しくて、素直に喜んでいた自分が愚かに思えて。それからはもう、特別に頑張ることを止めてしまった。
「それ! それちゃう? 紫穂ももうハタチなんやからさ、ここいらでちょっと気合い入れ直して本気で堕としに行ったらどない?」
「え? 葵、それどういう意味? 私にもわかるように説明して!」
「やからな? 色気が失せてしもてるんやったら、色気投入したったらエエねん! 紫穂が本気出して堕ちん男は絶対おらん!!!」
カッと目を見開いて叫んだ葵ちゃんは迫真の表情で私に迫ってくる。その勢いに圧されてしまって身体を後ろに退くと、ガッと肩を掴まれた。
「次のご飯の時は! 仕事着のまんま行くんやのうて、ちょっとだけおめかしして髪も巻いていくんや! 男はゆるふわに弱い!!!」
紫穂やったらその辺の塩梅よぅわかっとるやろ! と葵ちゃんは叫ぶ。薫ちゃんもその横で目をキラキラさせながら続けた。
「あとねあとね! 男はやっぱり甘えてくる女の子に弱いよね! ギャップ萌え? 可愛くしな垂れかかって、酔っちゃったかも、なんて言ったらもうイチコロだよー」
キャッキャと恋バナに花を咲かせている二人を若干冷めた目で見つめながら口を開く。
「えー……今更、じゃない?」
ぼそり、と呟いたそれは思ったよりも暗い響きを伴っていて。
「相手はあの賢木先生よ? そういう小手先のテクニックが通用するとは思えないわ」
一時期は遊びまくって皆本さんにも呆れられていたくらいなのだ。そんな何処かの本に書いてありそうなモテテクニックなんて飽きるほど過去に経験してそうで、そういうものに対して免疫すらできていそうに思う。簡単に堕ちてくれるとは思えない。
「やからやん! 紫穂!!!」
「普段ツンツンしてる紫穂ちゃんが可愛く甘えてくるとか、これ、ワンチャンあるんじゃね!? って思わせるのがミソなんだよ!!!」
「えー……?」
「とにかく! 紫穂からアクション起こしたったらエエねん!!!」
「後戻りできないとこまで引き摺り込んだらこっちの勝ちだよ! 局長が何か言ってきたらさ、私がギャフンと言わせちゃうから!!!」
「えぇー……」
「向こうが何も仕掛けてこんねやったらこっちから仕留めに行かな!」
「そうそう! 賢木先生なんかペローッと頂いちゃえばいいんだよ!」
あの百戦錬磨の男相手に?
初恋を拗らせてると言ってもいい私が?
とても勝算があるようには思えないけれど、親友二人が力説する内容を切って捨てられるほど自分に経験値があるわけでもなく。何だか二人が言うように、こちらから何かアクションを仕掛ければ、向こうも反応を返してくれるような、そんな気がしてくる。
「……ちょっとだけ、頑張ってみようかな」
「ちょっとはアカン! 本気出しぃ!!!」
「そうだよ紫穂! 任務の時みたいに気合い入れて! 紫穂なら先生相手でも女豹になれる!!!」
「わ、わかった! わかったわ!!! 本気でやればいいんでしょ!?」
ぐいぐいと迫ってくる二人の肩を押し返しながらぎゅっと目を瞑って叫ぶ。
「せや! その意気や紫穂!」
「その調子で賢木先生をコロッと堕としちゃえ!」
キラキラとした眼差しを向けてくる二人から逃れるように目を伏せて溜め息を吐く。
そんなに上手くいくものかしら。
そう思いながらも日頃の自分を思い出してみる。確かに好きな人と一緒にご飯を食べているというのに可愛げも無く、最近は専ら仕事終わりに会うことばかりだったから、女の子らしいキラキラとは程遠い、動きやすくて身軽な仕事着のパンツスタイルで先生に会っていた。これじゃあ相手にその気を起こさせようというのが無理な話かもしれない。一番目に付くであろう指先だって、武器を扱う手だ。ちゃんと手入れしていなければ無骨に見えて、女の子の柔らかくて細い、華奢な手先とは程遠い。
「……久々にネイルでもしてみようかな」
自分の手を見つめながらぼそりと呟くと、更にキラキラとした笑顔を浮かべた二人がガシリと私の肩を掴んだ。
「ねぇ紫穂! 久々に三人で買い物行こうよ!」
「ホンマや! 何なら今から三人で予約取れるトコでネイルしてもろてもエエやん?」
そうしようそうしよう、と早速段取りをし始めた二人に、ぎゅっと胸が締め付けられる。
「……ありがと、二人とも」
目尻に浮かぶ涙を拭いながら微笑めば、二人ともにっこり笑ってVサインをこちらに向けた。
「親友の一大事じゃん。めちゃめちゃ応援しちゃうよー」
「それにこんなん久々やからめっちゃ楽しい」
だから気負わなくていいのだ、と言外に伝えてくれる二人が嬉しくて、もう一度ありがとうと呟きながらぎゅっと二人に抱きついた。

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