胸が苦しい!何とかしろ!

「胸が苦しい! 何とかしろ!」
暑苦しい胸元を更にさらけ出してイライラした気持ちのまま叫ぶ。
窮屈な服のなかで暑苦しく存在感を主張する肉の塊は、その弾力で今にも白いブラウスと黄色いベストのボタンの寿命を奪おうとしていた。
「は、はえ……何とか、えっと、うんと……と、とりあえず! 何か着替え! 探してきます!」
ひゃー、と情けない声を上げて談話室を飛び出し階段を駆け上がっていくユウの足音に耳を立てつつ、もう何度目かわからない、深い深い溜め息を吐いた。

* * *

事の起こりは、たまたま出席していた魔法薬学の授業。
真面目に今日の課題へ取り組んでいた俺に、馬鹿が失敗した魔法薬をぶち撒けた。
何をどう失敗すれば、結果がこうなる。
馬鹿なのか?
アァ、馬鹿だから失敗したんだった。
しかもその失敗をこの俺に浴びせたんだ。
アイツらは大馬鹿者の看板を首から提げて歩いた方がいい――まぁ、俺と同じことを考えていたクルーウェルがそれを実行してくれたから多少気は紛れたが。
普段なら難なく避けられた事態だが、薬品のニオイで俺の注意力が落ちていたのが唯一悔やまれる。
「ハァァァァ……ったく、何で俺がこんな目に……」
失敗薬で変異した俺の身体は純情な男子高校生には刺激が強すぎるらしい。
学園唯一の女子であるユウとともに、俺はオンボロ寮へ幽閉されてしまった。
色気とか知るかよ。
そもそもアイツら純情って質じゃねぇだろ。
どいつもこいつも鬱陶しい目で俺を見やがって。
ユウだって、急に教師どもから呼び出されて驚いていたクセに、すぐに順応して俺の世話を焼き始めやがった。
むしろちょっと嬉しそうだったのは何なんだ。
こんなカッコ悪い姿を見られた俺の気持ちを察しろよ。
それどころか教師どもに乗せられて俺の世話を張り切るってどうなんだ。
お前は俺が好きなんじゃないのか。
今の俺は情けなくも女の身体なんだぞ。
「……ハァァァァ」
いつもとあまりにも勝手が違う身体に戸惑いが隠せない。
女はいつもこんな重たいモンを身体にぶら下げてんのか。
肩が凝って仕方がねぇ。
はち切れんばかりに膨らんだ胸を腕で下から支えつつ、座っていたソファの背凭れに深く身体を沈めた。それと同時に形を変え、自分の身体にのし掛かってくる乳房にウッと息が詰まる。
ユウも毎日こんな大変な思いをしているのか、とアイツの苦労に心を痛める前に、華奢すぎるユウの身体を思い出して、そんなことはねぇな、と思い直した。
のそりと身体を起こして忌ま忌ましい肉の塊を見下ろす。
いくら女の身体になったからといって、そこらの野郎共に俺が負けるわけがない。
どんな影響が出るかわからないからと魔法の使用は教師どもに禁じられているが、それでも非力なユウと比較して絶対に俺の方が強い自信がある。
なのに、ユウは俺を守るんだと意味わかんねぇことを宣って意気込んでやがった。
たとえどんな状態になろうとも、ユウを守り抜くくらい、俺一人でやってみせる。
「……ハァァァァ……マジで肩がダリィ」
オマケに汗ばんだ肌がくっつく感触が気持ち悪い。
胸と胸の間を冷えたタオルで拭いてしまいたい。
それが叶わないなら、せめて胸同士が触れ合わないようゆとりのある服に着替えたい。
今ここで自ら谷間に手を突っ込んでどうにかしてしまえばいいんだろうが、いくら自分のモノとはいえ、女性の胸の谷間に手を入れるなんて気が引けてしまってできそうにはなかった。
「おまたせしました! レオナ先輩から貰ったTシャツで一番大きいの持ってきました!」
バーン! と勢いよく談話室に飛び込んできたユウは、マジフトチームのロゴが大きくプリントされたTシャツを掲げている。部活のメンバーとマジフトの公式試合を観戦したときに着ていたソレは、普段着用にとユウに渡したものだ。
「肩幅は合わなくなってるかもしれないですけど、これだけ大きければお胸も苦しくないと思います!」
フンス! と自信満々に差し出してくるソレを受け取って、今にも千切れそうなブラウスとベストのボタンを外した。
窮屈さから開放された乳房は自然と横に広がり、谷間の不快感からも解放される。ブラウスとベストを一緒くたに脱ぎ捨ててTシャツを頭から被れば、多少窮屈さはマシになっている気がした。
「脱いだ制服はハンガーに掛けておきますね」
ちょこまかと俺の世話を焼いているユウは、何が楽しいのかニコニコと笑みを浮かべてご満悦のようだ。何がそんなに嬉しいのかと問えば、照れたように顔を緩ませてユウは首を傾げた。
「だって……いつもレオナ先輩のお世話はラギー先輩の専売特許じゃないですか。なのに、先生たちが私を頼ってくれて、堂々とレオナ先輩のお世話を任せてくれるなんて、とびっきり嬉しいじゃないですか!」
えへえへ、と腑抜けた顔でユウは頬をゆるゆるにしている。
そんなに嬉しいモンか。
そんなにふにゃふにゃの顔をされると、情けない今の姿を晒しているのも役得のように思えた。
「……まぁいい……それより、暑くて堪らねぇ……汗でベトベトして気持ち悪い」
何とかならねぇのか、と苛々した口調でユウに当たると、ユウは困ったように眉を寄せてうーんと唸った。
「そうですねぇ……じゃあお風呂に入りますか? 汗の不快感はマシになるかも」
「……風呂か」
確かに汗を流せば少しは気が紛れるかもしれない。
学園唯一の女子寮であるオンボロ寮の風呂を借りるのは若干抵抗があったが、ユウ本人が勧めてくれているのだから問題ないだろうと無理矢理納得して頷くだけで返事をした。
「じゃあ、お風呂の準備してきますね。ここで待っていてください」
ぱっと笑顔を浮かべて再び談話室を飛び出していったユウの背中を見守る。
アイツ、俺が風呂を使うことに抵抗ねぇのか?
それとも今は男じゃないから気を遣うつもりもねぇって言いたいのか?
もうちょっと、俺相手に意識してくれたっていいだろう、と深く溜め息を吐きながら、談話室の隅にある身支度用の姿見に近付いた。
狭くなった肩幅に、見るだけでもわかる重たそうな胸。
細い首に僅かばかり丸くなった頬。
腰の辺りは妙にくびれて、骨盤に制服のスラックスが引っ掛かっている。
どこからどう見ても女の身体をしている自分の姿に嫌気がさす。
だからと言って、自国の屈強な女たちのような体付きになっていてもそれはそれで不満だったように思うが。
もう一度、ハァァ、と深く溜め息を吐いて、直接触れるには抵抗がある自身の身体に、鏡越しに触れようと手を伸ばした。
丸く曲線を帯びた身体を撫でようと指先で鏡に触れると、鏡の表面は水が落ちたように波打ち始める。
本能的に鏡から手を引くと、つい先ほどまでウンザリした表情をしていたはずの自分の顔がニヤリと笑った。
「……ヨォ……シケた面してんナァ?」
鏡表面の水紋が大きくなり、鏡の中の自分がぬるりと動いてこちらに手を伸ばしてくる。
逃げ切れなかった俺の手首を鏡の中の俺が掴んで、ずるりと鏡から本体が姿を現した。
「お前だろ。アタシを呼び出したのは」
さっきまで俺と同じTシャツに身を包んでいた女の姿をした鏡の中の俺は、本体が鏡から飛び出した途端、制服の姿に変わっていた。
ただ、俺が先ほどまで身に着けていた制服とは違う、女物の縫製が施されたブラウスとベスト、そしてスカートを身に着けていて、溢れんばかりの乳房ははだけた胸元にきちんと収まっている。
「……お、お前……一体何モンだ? 女なのか?」
鏡から突然現れた女と思しき俺と同じ姿形をした存在は、俺の言葉に眉を寄せて怪訝な目を向けてくる。
「ハァ? 何言ってんだ? アタシを此処に呼び寄せたのはお前で、お前もアタシと同じ女だろ」
ジロジロと俺の身体を頭からつま先までねめつけた女は、クン、と鼻を動かして驚いたように顔を上げた。
「……お前……男か」
ヘェ、と面白そうに顔を歪めた女にチッと舌打ちしつつ、これ以上好き勝手自分の身体を見られちゃ堪らないと顔を背ける。
「ちょっとトラブルで今は女の身体だが……俺は歴とした男だ。どうやらお前は、最初から女みたいだがナァ?」
目の前でふんぞり返っている奇妙奇天烈な存在にフンと鼻を鳴らすと、女は可笑しそうに笑って肩を竦めた。
「ハハッ……そうさ。アタシは元から女。お前とは違う。だけど、アタシはお前の並行同位体ってヤツさ。別の世界の、違うけれど、同じ存在(レオナ)。だからこうして、お前のいるこの世界に呼び寄せられたのさ」
俺と同じようにフンと鼻を鳴らしたレオナと名乗る女は、高慢ちきな態度を提言するかのように腰に手を突いて、派手なプロポーションを見せつけるように長い髪を後ろに払った。
ヴィルとは違うケバケバしさに顔を顰めたくなるものの、堂々とした立ち居振る舞いと纏っているオーラから、自分と然程差のない魔力量の高さを窺わせて慎重に相手の様子を観察する。
突飛なコトを主張しちゃいるが筋が通っているのは確かで、俺自身も、目の前にいるレオナという女が異質なクセにコイツは危険な存在じゃない、と俺の直感が認識しているのを感じていた。
「……この鏡が別の世界に繋がったのか」
「そうさ。魔法が使える世界じゃ、それくらいのこと、何の不思議でもないだろう? でも……ユウを世界に返す方法はわからない。違うか?」
ニッと笑う女が一歩俺に近付いて顔を寄せてくる。
まるで俺の真意を探ろうとしているその仕草に眉を寄せつつ、逆に相手の真意を読み取ってやろうと真っ直ぐレオナの目を見つめ返した。
「……お前……いや、お前の世界にも『ユウ』がいる、ってことか」
「あぁ。アタシの『ユウ』は異世界からやってきて、元の世界へ繋がる方法は今もわからない。でも、あの子はアタシとの生活に満足してる」
フフ、と俺の顔で女みたいに笑うレオナは、至極ご満悦、といった様子で右の人差し指で自らの唇に触れ、もう片方の腕で己の身体を抱き締めた。
俺とは違う柔らかそうな女の身体のラインが強調され、無駄にデカい胸が目の前で形を変える。望んでもいないのに、その見事なプロポーションは今の自分にも備わっていることを改めて思い知らされてゲッソリした。
何が嬉しくて女の身体にならなきゃなんねぇんだ。
しかもユウに世話を焼かれる始末。
情けないことこの上ない。
ユウの前では男らしい自分でいたいのに、いつだって、どうしたってうまくいかない。
鬱々と溜まっていく不満に、チッ、と舌を鳴らすと、女はニヤリと笑って俺の顔を覗き込んだ。
「お前の不満が、この世界にアタシを呼び寄せたみたいだ。アタシの同位体がお前ってことは、こっちの世界の『ユウ』は男……なんだろうな。お前もアタシと同じで立場があるんだろうが、性別なんて気にする必要ねぇさ。餓鬼みてぇにクヨクヨ悩んでる暇があったらサッサと喰っちまえばいい」
訳知り顔で訳のわからないコトを宣ったレオナは、俺を馬鹿にするような顔で腕を組んでみせる。
「まさか……男同士のやり方がわかんねぇ、なんて初なネンネみてぇなコトを抜かすんじゃねぇだろうナァ? テメェはアタシの並行同位体なんだ。男だろうが女だろうが、アタシたちが狩りを失敗するなんて情けねぇコト、するわけがねぇだろう?」
アァ? と女ながらに凄んでくるレオナは、さすがに俺と同じ顔だからか大変迫力があった。
だからって、いくら凄まれても言っている言葉の意味を理解できるわけじゃない。
並行同位体とは言っても、コイツと俺の常識はだいぶかけ離れているようだった。
「……ハァ? お前、さっきから何言ってんだ?」
意味わかんねぇ、と女の顔を睨み付ける。
俺と同じレオナだと言っているが、どうも頭の出来は違うらしい。
女を馬鹿だというつもりは毛頭ないが、ここまで理解不能な内容をツラツラと宣われるとコイツは馬鹿なんじゃねぇかと思わずにはいられない。
しかも、どうやらその持論に並々ならぬ自信があるようで、俺は一生コイツとは分かり合えないんだろうなと悟った瞬間だった。
「レオナ先輩お風呂の準備できましたーッて、えぇッ!? レオナ先輩が増えちゃった!!!」

~続きは同人誌へ~

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