付き合う前の私たち

「お、紫穂ちゃん。どうした?」
「……痛み止めくれない? 予備忘れちゃったの」

頭痛に眉を寄せながら下腹部を手のひらで押さえる。朝、鞄に入れたハズの鎮痛剤はどこを探しても見当たらなくて。透視してみたらテーブルに置いたまま鞄を手に持った自分の姿が見えてゲッソリした。でも痛み止めがないまま待機時間を過ごすのは厳しい。仕方なく一番頼りたくないけれど確実に解決策を導き出してくれる人の元を訪ねるしかなかった。

「……あー……ちょっとソファに座ってろ。痛みの度合いはどれくらいだ? いつもよりキツいのか?」

がさがさと薬が入っているらしい小さな引き出しを漁っている横顔をぎろりと睨み付ける。

「なんで透視してないのに全部わかったみたいな顔してるのよ気持ち悪い」
「……お前な、一応俺は医者だぞ? 透視だけに頼って診察してるわけじゃねぇんだ。君の様子見りゃある程度予想できる」

テーブルの上にいくつかの錠剤を並べた先生は優しい顔を浮かべて私に振り返った。

「で? どんくらい痛いのか教えてくんねぇと薬が選べねぇんだけど?」
「……朝飲んだ鎮痛剤が切れたみたい。できれば帰って寝ていたいくらいには痛いわ。頭も痛いの。何とかして」

他意のない笑顔を向けられて気に食わなかったけれど、素直に症状を話して早く楽になりたかった。先生にこんな風に優しくされるのは慣れていない。

「じゃあ……コレだな。水も用意してやるからちょっと待ってろ」

そう言って立ち上がった先生は棚から常温のペットボトルを取り出して紙コップに注いだ。そのままソレと錠剤を持って私の前で膝を突いた先生は、コップと薬を私に手渡してからポンと頭を撫でて。

「水は全部飲めよ。それからちょっとだけここで休んでろ。すぐ戻る」

どこから取り出したのかブランケットを私の膝に掛けてから、先生は部屋から出て行ってしまった。できれば早く皆のところへ戻りたい気持ちがあったけれど、頭が痛くてうまく思考が回らない。とにかく薬を飲んでしまおうと先生から受け取った錠剤をコップの水で飲み下してしまう。ぼーっとする頭で何とか紙コップをゴミ箱へ捨てると、先生が部屋に帰ってきた。

「座ってなくて大丈夫か?」
「……紙コップ捨ててただけよ。大袈裟ね」

皆本さんじゃあるまいし、と心の中で毒づきながらソファへ戻る。まだあたたかいブランケットを膝に掛け直すと、何故か先生も私の隣に座った。それから白衣のポケットから何かを取り出して男物のハンカチでクルリと包んでいる。綺麗に包まれたそれを差し出して私の手に乗せた。

「……何これ……あったかい?」
「缶入りのココア。まぁ簡易湯たんぽだな。冷めるまでお腹に当てときなよ」

多分冷める頃には薬も効いてくる、と先生は優しく微笑んでいる。さっきみたいにまたポンと私の頭を撫でた先生は、そのまま立ち上がって仕事へ戻るのかさっきまで座っていた椅子に腰掛けた。

「あんまり辛いならここで休んでいってもいいぞ?」
「……いい。いらない。薫ちゃんたちのところへ帰るわ」
「おう。お大事に。気を付けてな」

先生の挨拶もそこそこに部屋から飛び出す。走れない身体を何とか動かして自分たちの待機室へと戻った。

「おかえりー紫穂。アレ? どしたの、それ」

薫ちゃんに指摘されてハッと自分のお腹に当てていた物に目を移す。濃いグレイのハンカチにくるまれたソレを慌てて取り出して、ハンカチだけをそっとポケットに仕舞う。

「……ココアよ。先生が湯たんぽ代わりにって買ってくれたの」
「へーよかったやん。ココアは飲んでも身体あったまるしなぁ」

生姜紅茶とかストックに置いといてもエエかもな、と続けた葵ちゃんに話題を合わせるフリをして、そうねと軽く相槌を打ちながらソファに座る。手に持てるくらいのあたたかさになっていたココアの缶をそろりとお腹の上に載せてクッションを抱え込んだ。わいわいと喋っている二人の話を聞き流しながら、ぎゅっと目を瞑って恐る恐るポケットを上から撫でる。
こんな優しさ知らない。
指先に触れたココアの缶は程よく冷めていて、あんなに不快だった痛みもいつの間にか消えてしまっていた。

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