ワールドイズマイン - 1/2

「ねぇ、いつになったら私と一緒に街にお出掛けしてくださるの?」

目の前の本に飽きてしまったとでもいうように、パラパラとページを捲りながら不満そうに唇を尖らせて彼女は言った。

「……いつになってもダメだと説明したはずだ。君はこのお家のお嬢様で、俺は」
「その説明ももう何度も聞き飽きました。そんなの関係ないわっていつも言ってるのに」
「……関係なくはねぇんだってこっちも言ってる。街には他の従者を連れて行け」
「それじゃつまらないからセンセイをお誘いしてるのに。センセイは可愛い私とお出掛けしなくないの?」
「……だからさ、そういう話じゃねぇんだって。さ、ホラ、続き再開するぞ」

トン、と指先で彼女が持っている本を突けば、ぷぅ、と頬を膨らませながらも仕方なさそうに彼女はまた本のページを開き直した。
書かれているドイツ語の羅列を指で辿りながら、軽やかな少女らしい声が丁寧に朗読していくのを聞いて、ふ、と口元を緩める。
丸く整えられ磨かれた桜貝のような爪が愛らしい。その手を取って口付けることができたならどんなに幸せだろうと思う。でもそれは叶わない。俺はそれを許される立場にないのだから、諦めるしかないのだ。意地が悪いようで実は純情なこの少女にどれだけ求められようと、俺はそれに応えることはできない。

「……さて、今日はこの辺にしておくか。お茶の準備をしてもらえるように伝えてくる」

丸テーブルの上を片付けながら立ち上がると、あ、と澄んだ瞳が俺を見上げてくる。

「せ、センセイもご一緒なさったら? そうよ、先生の分のお茶とお菓子も用意させるわ。先生も甘いモノお好きでしょ? 今日のお茶菓子は西洋のお菓子なのよ」
「あー、いや、俺は」
「もう! 女性の我が儘は聞いておいて損はないっていつも先生は仰ってるじゃない! 私の我が儘だって聞いてくださってもいいでしょう!」

キッと吊り上げた眉と赤い頬で迫ってくる彼女はどこから見ても可愛い。オマケにうるりと薄い膜を張った目に見つめられれば、俺が敵うワケもなく。

「それとも私は……先生にとって我が儘を聞くような相手じゃないのかしら」

頼りなげに目を細めて俯かれてしまえば、是、と答えるしか俺の選択肢は残されていなかった。

「そんなことはありませんよ。紫穂様の仰せの通りに致しましょう」
「……ふたりきりの時は紫穂って呼んでって言ったわ。やり直し」
「……わかったよ、紫穂。お茶してから帰る。それでいいか?」

そう言いながら椅子に座り直した俺を見て、紫穂は満面の笑みを浮かべて頷いた。

「是非! 私、お茶の準備のお手伝いをしてくるわ! 先生はここで待っていて!」

嬉しそうに部屋を飛び出していった紫穂の背中を見送りながら、そっと溜め息を吐く。
俺だって君と一緒にいられる時間を楽しみにしてるんだ。
君がお嫁に行ってしまうまでの限られた時間を、ほんの少しでも一緒に過ごせたら、それで充分だ。こうして君に勉強を教えて、例えそれが役に立たなくても君に少しでも何かを残せるなら、君と過ごした時間は意味のあるものになるんじゃないかと俺は思う。年頃の紫穂にお見合いの話がいくつか出ているのも聞いている。残された僅かな時間を、大切に過ごせれば、俺はそれでよかった。

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