「ただいまー」
「おかえり、紫穂」
予測以上に遅れた紫穂ちゃんの帰宅を出迎えると、たった一週間ほど会っていないだけなのにやつれた姿の紫穂ちゃんがそこにいた。
「遅かったな」
「……ちょっとね」
「あとすごく疲れてる。何かあったか?」
「何もないわよ。至って普通」
もたもたと靴を脱ぐのを見守ってようやく細い身体を抱き締めると、安心したように体重を預けてくれるのが嬉しくてチラリと覗く額に軽く口付けた。
「ちょっと、まだ手も洗ってない」
「でも職場出るときにシャワー浴びて、自分の車で帰ってきたんだろ?」
「そうだけど……」
「なら紫穂の可愛いオデコは綺麗じゃん。だから大丈夫」
「……もー」
呆れたような目を向けてくるクセに頬は緩んでいるのが本当に可愛い。調子に乗って頬にも口付けようとすると、疲れのせいか艶の落ちた肌が気になってそろりと指先で柔らかい頬を撫でた。
「ちゃんと食ってるのか? 睡眠は? 休めてないのか?」
キスもしたいけれど心配が先に立ってしまって矢継ぎ早に質問すると、紫穂ちゃんはムッとした顔でぐいっと俺の身体を遠ざける。
「過保護すぎ! ちゃんとしてるわよ! 心配しないで! 手を洗ってくるわ」
フン、とツレない態度で紫穂ちゃんは洗面所へ行ってしまう。それをゆっくり追いかけて、閉じられたドア越しに声を掛けた。
「何なら先に風呂入るか? 飯はタイミング見て準備しておくから」
「いいの? じゃあそうしようかな」
「ご飯は君の好きなモノ作ってあるから。気にせずお風呂入りなよ」
「ホント! 今日の晩ご飯なに?」
「焼いたネギの味噌汁とー、ほうれん草とニンジンのゴマ和え。大根のなます。それから君の好きな甘いだし巻き」
「やった! じゃあ早速お風呂準備するね」
「掃除もしてあるから、沸かすだけでいいぞ」
「本当に? アリガト、助かるわ」
洗面所から顔を覗かせた紫穂ちゃんが、ぎゅうと俺に抱き着いてくる。それを抱き返す間は与えてくれず、サッサと寝室へ部屋着を取りに行ってしまった。
「……ツレないのはいつものコトだけど、隠し通すつもりなのか、話す気がそもそも無いのか、どっちだろうな?」
寝室の開いたドアの向こうにいる紫穂ちゃんに聞こえないようぽつりと呟く。紫穂ちゃんが本気で隠そうとしていることを透視ることはできなくても、何か隠していることがあるということまでわからないわけじゃない。そこは付き合いの長さもあるが、一応これでも紫穂ちゃんの彼氏歴五年なので甘く見られちゃあ困る。それに、トコトンまで甘やかしてしまえば、紫穂ちゃんも俺には勝てなくなるってのは経験済みだ。ひと回り歳上を舐めんなよ。
「まぁ、今日中に聞き出してやるけどな」
紫穂ちゃんが風呂から上がってきてからが勝負だ。
間島のこと、残業のこと、全部洗いざらい喋ってもらう。
風呂のアラームがタイミングよく鳴りだして、鬼気迫っていた表情を改めた。
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