あのね、明日になったらね - 9/14

『センセイ、お仕事行かなくていいの?』

あれから、まだ明るい時間だと思うのに、部屋から一向に出ようとしない先生に、思わず声を掛ける。
先生は、私を撫でていた手をピタリと止めて、再び私をぎゅうっと抱き締めた。

「もう、俺、要らないんだって」
『え?皆本さんのお仕事のお手伝いで忙しいんじやなかったの?』
「スパイだから信用できないってよ」

先生は、眉を寄せて、苦しそうに笑ってみせる。

――そんな顔、しないで。

私に対して、そんな無理は必要ない。

『…私の前で、無理して、笑わなくてもいいのよ』

先生は、一瞬だけ目を見開いてから、私の身体に顔を埋めた。

「…しほはやさしいな」

掠れた声で、先生は眩く。
聞いたこともない、力無い声。

――私の両手が人の腕なら、先生を抱き締めてあげることができるのに。

今はそれが叶わなくて。もどかしくて、悔しい。

――紫穂だったら、こんなとき、どうするのかしら?

せめて、と、すりすりと私は先生に擦り寄った。

「…俺には、皆本を救ってやる力なんて、ねぇのかな」

力なく、先生は眩く。
本当に、か細くて、弱々しい声で。
私は、そんな先生を、何としても励ましたくて。

『そんなこと、ないわ。ひとりじゃないって、自分の側に支えてくれる人がいるって、それだけで力になるはずよ』

小さな手で、先生にそっと触れる。
その手の小ささに、一体何が出来るのかと一瞬弱気になってしまったけれど、例え小さくても、できることはあるはずだと自らを叱咤する。

『先生が皆本さんの側にいてあげることは、きっと意味があることのはずよ』

記憶の中で、以前にも、似たようなことを先生に言った気がする。
先生は顔を上げて、くしゃっと表情を崩した。

「何でかなぁ、なんで伝わんねぇのかな。俺はアィツの為なら一緒に死んでやるって覚悟決めて来たのにさ…」

そしてまた、私の身体に顔を埋めて。
そんな先生を何とか抱き締めてあげたくて、腕をいっぱいに広げて抱き着いた。

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