『センセイ、お仕事行かなくていいの?』
あれから、まだ明るい時間だと思うのに、部屋から一向に出ようとしない先生に、思わず声を掛ける。
先生は、私を撫でていた手をピタリと止めて、再び私をぎゅうっと抱き締めた。
「もう、俺、要らないんだって」
『え?皆本さんのお仕事のお手伝いで忙しいんじやなかったの?』
「スパイだから信用できないってよ」
先生は、眉を寄せて、苦しそうに笑ってみせる。
――そんな顔、しないで。
私に対して、そんな無理は必要ない。
『…私の前で、無理して、笑わなくてもいいのよ』
先生は、一瞬だけ目を見開いてから、私の身体に顔を埋めた。
「…しほはやさしいな」
掠れた声で、先生は眩く。
聞いたこともない、力無い声。
――私の両手が人の腕なら、先生を抱き締めてあげることができるのに。
今はそれが叶わなくて。もどかしくて、悔しい。
――紫穂だったら、こんなとき、どうするのかしら?
せめて、と、すりすりと私は先生に擦り寄った。
「…俺には、皆本を救ってやる力なんて、ねぇのかな」
力なく、先生は眩く。
本当に、か細くて、弱々しい声で。
私は、そんな先生を、何としても励ましたくて。
『そんなこと、ないわ。ひとりじゃないって、自分の側に支えてくれる人がいるって、それだけで力になるはずよ』
小さな手で、先生にそっと触れる。
その手の小ささに、一体何が出来るのかと一瞬弱気になってしまったけれど、例え小さくても、できることはあるはずだと自らを叱咤する。
『先生が皆本さんの側にいてあげることは、きっと意味があることのはずよ』
記憶の中で、以前にも、似たようなことを先生に言った気がする。
先生は顔を上げて、くしゃっと表情を崩した。
「何でかなぁ、なんで伝わんねぇのかな。俺はアィツの為なら一緒に死んでやるって覚悟決めて来たのにさ…」
そしてまた、私の身体に顔を埋めて。
そんな先生を何とか抱き締めてあげたくて、腕をいっぱいに広げて抱き着いた。
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