「…ふぅ」
パタン、という扉の音と共に、先生は溜め息を吐いた。
床にドサッと荷物を落として、先生はそのままベッドに腰掛ける。
ストストと先生に近付いて、そっと先生に触れる。
『おかえりなさい。…大丈夫?センセイ、すごく暗い顔してる』
「ああ…留守番ありがとな、しほ」
先生は疲れきった表情のまま、小さく笑ってみせる。
それから私を抱き上げて、そのままベッドに寝転んだ。
何とか癒してあげたくて、先生の腕から這いずり出て先生の顔へと近付いて、そっと頬を舐めた。
「くすぐったいよ、しほ」
クスクスと笑いながら先生は私の背中に手を回す。
優しく撫でてくれる手付きはいつも通りで、こんなときくらい、甘えて弱い姿を見せてくれてもいいのに、と悲しくなった。
『何かあったんでしょう?』
「…まあ、な。でも、しほが気にすることじゃないよ」
『皆本さんに、また何か言われたの?』
先生の手がピタリと止まった。
核心を突いた質問に、先生が苦笑いしながらこちらへ寝返りをうった。
「しほって、本当に紫穂ちゃんみたいだな」
『…どういうこと?』
「そういう鋭いとことか、本当にそっくり。」
『――他の女と私を比べたりしないで』
「ゴメン。そうだな、レディに失礼だ」
先生が私にキスをする。
嫉妬に渦巻く私の心が、少しだけ萎えいでいく。
浅ましいとは思うけれど、先生の優しさが、今、先生の一番側にいるのは、紫穂でもなく皆本さんでもなく、私なのだと。先生を支えているのは私なのだと、自分に錯覚させてくれる。
『…センセイは、その、紫穂って子とキスしたりする関係だったの?』
「紫穂ちゃん?いや、彼女とはそういう間柄じゃなくて、えっと、その」
『…片想い?』
「――そういう、こと、に、なるのかも」
うっわ今更自覚とか超恥ずかしい、と先生は顔を覆ってしまつた。
隠れていない耳は真っ赤に染まっていて。
先生に片想いされている紫穂って子が、純粋に凄く羨ましいと思った。
だって、私は猫で。
どんなに頑張っても先生の隣には立てない。
『きっと、両想いだと思うわ』
「…えー…紫穂ちゃんと?」
『先生みたいな素敵な人、嫌いになるわけないもの』
「…いつもイヤイヤ言われてるし、ここに来る前なんか、皆本と死んでこいって言われたぜ?」
『恥ずかしいのよ、きっと』
――私が人間なら、きっと迷わす先生の胸に飛び込むわ。
紫穂って子に負けるつもりはないけれど、彼女はこんなに素敵な人に想われてるのに、とても勿体無いことしてる。勿体無さすぎて、今すぐ頭を叩いてやりたいくらいだわ。
「ありがとな、しほ」
元気出たよ、と先生はもう一度キスをくれた。
『皆本さんとも、明日はきっと上手くいくわよ』
心から祈りを込めて、先生に伝える。
――今のままじや、先生はきっと死んでしまう。
何とか、皆本さんと先生の関係をいい方向に進めないといけない。
そうでないと、きっと未来は変えられない。
私に一体何ができるんだろぅ。焦燥感ばかりが募っていく。
「はやく、目を覚ましてくれるといいんだけどな、皆本」
天井を見上げて、先生は眩いた。
私はそれに、そうね、とだけ返事した。
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