あのね、明日になったらね - 2/14

=モノローグ=

その日、朝から何だかいつもと違うような、でも、普段と何も変わらない朝を過ごしていた。薰ちゃんたちと、朝御飯を食べて、何をするでもなく、ぼんやりと時間を消費していて。
皆本さんに私達が最強なのだと見せ付ける。そして、洗脳を解くために、それを深層心理から理解させる。その為に私達ができることをひとつずつクリアしていけばそれはわかったけれど、具体的には何をするでもなく、喪失の感情に苛まれてぐだぐだと日々を過ごしていた。
松風くんが立てた作戦を実行するベく、事態は動き出したけれど、実際に動いているわけじゃない私たちは、少しだけ蚊帳の外の気分で。船から旅立っていった蕾見管理官や賢木先生からの報告も毎日あるわけではなく、のんびりと時間が過ぎていくのを今か今かと待っている。
日本からの報告は定期的に入るけれど、一番知りたい皆本さんの情報はそう簡単に入るわけでもなく、賢木先生からの報告は採用を知らせる報告があったっきり、それ以降は一切何もない。
何気なく携帯を取り出して、メッセージアプリの先生とのやり取りを見つめる。
――幾度こうしたことだろう? 繰返し繰返し、先生からのメッセージを読んでも、その先が続くわけもなく。新しいメッセージが入ってくるわけでもないのに、何故こんな無駄な行為を繰り返しているのかしら。
はぁ、とうんざりして溜め息と吐いていると、葵ちゃんが声を掛けてきた。

「なぁ、やっぱり、賢木先生のこと心配なん?」

急に先生の名前が出てきて、ドキリと心臓が驚く。

「な、なんで先生の心配なんか、私がしなくちゃいけないのよ」

言いながらも、少しどもってしまう自分が恥ずかしくて。何てことない筈なのに、普通でいられない自分が不思議で仕方がない。
少しでも落ち着こうと、胸に溜まったモヤモヤを吐き出すょうに、ふう、と息を吐いた。葵ちゃんはそんな私を見て、苦笑しながら、でも、柔らかい表情で、私の頭を撫でる。

「素直に心配しても、工工んやで。今は皆、明日がわからん身やねんから」

葵ちゃんの言葉に、きゅっと携帯を握り締める。
そうなのだ。また、新たな未来へ向かって世界は進んでしまっていて。その方向性を変えるために、誰もが、もがいている。
そんな中で、私は、先生に、皆本さんと一緒に死ぬのが先生だと、何もできなくても側にいるのが先生の仕事だと断言した。
私にとって、薫ちゃんは絶対だ。薫ちゃんの為に命を懸けるのは、私にとって当たり前の感覚だった。
そして、先生にもそれを求めたのだ。
誰の権限でもなく、私が、自分の意思で、先生にそうあってほしいと願った。先生にも、私と同じ生き方を貫いてほしいと願ったのだ。
今覚えば、なんて自分勝手な押し付けなのだろうと思う。
先生は、私と話している最中、とても複雑な顔をしていて。ただ、反論することもなく、私の話を淡々と聞いてくれて、最後には、笑って私の話を受け入れてくれたのを覚えている。その優しい笑顔は、今でも脳裏に焼き付いていて、その時に言われた言葉がずっと耳から離れてくれない。

(じゃあ、俺、行ってくるよ。紫穂ちゃん)

どこからどう聞いても、普通の別れの挨拶が、あの日からずっとずっとリフレインしている。
私にだけ、特別に残してくれた言葉のような気がして、心に波風を立てていた。
先生にとって、特別な存在なのは間違いない皆本さんを、先生の一番にしてほしい、なんて、恐ろしく我が儘で、私らしい要望で。

――何も言わず笑って受け入れてくれた先生は何を考えていたの?どんな気持ちだったの?

「…紫穂、大丈夫?」
「…うん、私は大丈夫」

もういない人のことをぐるぐると考えていたって仕方がない。なのに、きっとまた考えてしまうのだ、私は。
私にとって、こんなにも思考を奪って離さない先生は一体何者なの、と。

「あんまり、溜め込んだらアカンよ?」

いつでも、いくらでも聞いたるさかい、と葵ちゃんが隣に座り込んで私の肩に触れる。

「うん。ありがとう、葵ちゃん」

ぎゅっとその手を握り返した時、急にバタバタと騒がしい音がこちらへ近付いてきた。

「野上、三宮、ここにいたのか」
「どないしたん、松風くん」

そんなに慌てて、という葵ちゃんの言葉を遮るょうに、松風くんは言葉を続けた。

「日本から緊急の報告があった。すぐに全員集合だ」

明石はもう向かってる、と言う松風くんは、既に背中を向けて走り出している。
その姿によくない予感がして、二人で顔を見合わせながら松風くんを追い掛けた。

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