司郎のくせに、なまいきだ - 4/13

「やぁー、楽しかった! やっぱりカジノは豪遊するに限るね!」
カラカラと笑いながら、俺たちが待つ部屋に歩いて戻ってきた少佐は、カジノで稼いだのであろう小切手をぴらりとマッスルに押し付けて、ドカリとソファーに座り込んだ。
「倍以上にはしてきたから、それなりに稼いだはずだぞ」
見るからにご機嫌な様子の少佐は、ゆったりとソファーに身体を預けて優雅に腕を肘掛けに載せている。その様子を見守っていたマッスルが、呆れたように肩を竦めて少佐に向き直った。
「稼ぐも何も……元手はどうしたんです? 何も持たずに出てったクセに」
「もちろん、アイツに出してもらったよ? 気前がいいものだから、僕も調子に乗っただけさ」
持ち金全部搾り取ってやったよ! と少佐はお腹を抱えておかしそうに笑っている。
アイツ、というのはあの男のはずで、つまり、今日の取り引き相手。
その男から取り引き以外でも金を奪ったなんて、今後の取り引きに影響するんじゃないだろうか、とひやひやしながら見ていると、少佐はニヤリと妖艶に微笑んで更に続けた。
「アイツ……僕に惚れてるからね。多分、まだ大金を絞れるだろうし、僕が飽きるまで弄んでやるだけさ」
フフ、と口元を指先で撫でながら告げた少佐の仕草にドキリと心臓が跳ねる。
それとなく視線をその魅惑的な少佐から外しながら、きゅっと唇を噛んだ。
「少佐……お遊びもいい加減にしないと。いつか痛い目見ちゃうわよ。アナタを見る男は誰だって、いつだって本気なんだから」
自分の魅力を自覚してくれなくちゃ、と小言を告げているマッスルに、少佐は眉を下げて首を傾げている。
「わかってるよ。僕が美しいのは僕が一番よくわかってる。だからこそ、それを利用しているだけじゃないか。使えるものは何だって使っていかないと。司郎もそう思わないか?」
急に話題を振られたせいでビクリと跳ねた肩を手のひらで撫でて、動揺を誤魔化すように眉を寄せる。少佐から視線は外したまま、どこを見ればいいのかよくわからない視線をほんの少し下に落として、何とか口を開いた。
「……俺は……まだ、よくわからない……あんまり、取り引き相手と仲良くなりすぎるのは……どうかと思うだけだ」
ふつふつと自分の内に湧いているえも言われぬ感情を、ここで口にするのは何だか間違っている気がした。けれどもあの男とふたりで何処かに消える少佐を想像して、いやだと素直に感じている自分を否定するのも間違っている気がする。比較的一番手に取りやすい形をしているその感情を、当たり障りない形で表現してみても、自分の中のモヤモヤはスッキリと晴れてはくれなかった。
「そうかい? 取り引き相手と関係を深めれば、今後の取り引きだってうまくいくと思うけど?」
「……それは……そうかも、しれないけど」
少佐の言うとおり、あの男が太客なのは間違いないし、あの男と少佐の関係が良い方向へ進めば、取り引きも安定して自分たちの組織ももっと大きくしていけるかもしれない。
それでも、素直にそれを認めるのはどうしても嫌で、自分の中に広がる不快感を抑えることはできなかった。
「ま、いいさ。僕は僕の好きなようにやる。それだけさ」
フ、と緩く口角を持ち上げた少佐は、弾むようにソファーから立ち上がってストンとカーペットに行儀良く足を着けた。
「ちょっと気分転換に散歩でもしてくるよ」
そう言ってスタスタと歩いていこうとする少佐の背中に、マッスルが慌てて声を掛ける。
「少佐! 何処へ行くつもり?! さっき戻ってきたばかりじゃない!」
プンプンという音が聞こえてきそうな勢いで叫んでいるマッスルに、少佐はカラリと笑ってみせた。
「今日はとても気分がいいんだ。ふらっと遊びに行くくらい、いいだろ?」
「そんな、たまにはこの子たちと」
「子どもたちは任せるよ、マッスル。君のコト頼りにしてるんだ」
じゃあまた後で、とヒラヒラ手を振った少佐は瞬く間に消えてしまう。
もう! とマッスルは不満そうに頬を膨らませていたけれど、それが少佐に頼られたという嬉しさを隠すためのポーズであることが何となくわかってしまって、胸の奥がじりりと焦げたような気持ちにさせられる。
俺もマッスルと肩を並べられるくらいの大人だったなら。
言葉だけでも少佐の信頼を得ることが出来たのだろうか。
考えても仕方のないことをぐるぐると考えてしまいそうな頭をぷるりと振って気持ちを切り替える努力をする。少佐が消えた方角をポカンと見つめていた葉と、寂しそうに顔を俯けている紅葉を励まそうとふたりの手を取った。
「……俺が二人を見てるよ。マッスルも大人の用事があったりするんだろ?」
子どもの相手ばかりは疲れるだろう? と暗に含ませれば、マッスルは一瞬だけきょとんとした表情を浮かべてから、ふわりと柔らかく微笑んだ。
「あらイヤだ。子どもは変な気を遣っちゃダメよ? そうねぇ。久々に街へお出掛けしてみない?」
アタシたち四人で、と弾むような声で言ったマッスルに、紅葉が嬉しそうに飛びついた。
「行く! 私マッスルとお買い物するの大好き!」
「アラ! そう言ってくれると嬉しいわぁ。じゃあ決まりね! すぐ支度するわ」
ぴょんぴょんと飛び跳ねている紅葉の頭をそろりと撫でて、マッスルは着替えのために奥の部屋へと引っ込んだ。
逆に気を遣わせてしまった自分の至らなさに溜め息が零れる。せめてふたりの買い物を邪魔しないように、葉の相手をしていよう、と葉と手を繋ぎながら買い物の支度が調うのを待ち続けた。

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