「どうしよっかなぁ……」
「何がだよ」
「水着! 折角だし新しいの買っちゃおうっかなぁ?」
「……あー、薫ちゃんの誕生日祝いのアレか」
「そ。薫ちゃんのお誕生日だもん。おめかししたいじゃない?」
応接用のソファでくつろぎながらパラパラと雑誌を捲っている紫穂ちゃんの手元を覗き込むと、紙面には幾人もの女の子たちが今年の新作と思しき水着に身を包んでいる。うーんと唸りながら眉を寄せてそれを見つめている紫穂ちゃんの隣に座りながら、淹れたての紅茶を差し出して自分のカップに口を付けた。
「新調しちまえばいいじゃねぇか。女の子の水着は男と違って着れりゃあイイってワケじゃねぇじゃん。今年の流行があるんだろ?」
「そうだけど……そう言って去年も買ったじゃない? 毎年買うのはどうなのかなぁって」
去年買ったのも結局そんなに着てないし、と頬を膨らませている紫穂ちゃんに顔を綻ばせながら眉を下げる。
「じゃあ今年はいっぱい出掛ければいいじゃん。俺が海連れてってやろうか?」
「えー……海はヤダ。焼けちゃうもの」
「じゃあ屋内プールか。屋内プールだったら季節選ばねぇしいいんじゃね? 何回だって着れるじゃん」
「そうなんだけどぉ……一人でプールとか、ナンパされちゃうじゃない。面倒だわ」
「松風連れてけよ。何なら俺だっているし」
それでも何か不満か? と紫穂ちゃんの顔を覗き込めば、むぅ、と頬を膨らませた紫穂ちゃんが俺の目を見つめた。
「……薫ちゃんは皆本さんと新しい水着買いに行ったんだって。皆本さんが選んでくれたんだってそれはそれはとーっても喜んでたわ」
いいなぁ薫ちゃんは皆本さんみたいな素敵な彼氏がいて! と言って深々溜め息を吐いた紫穂ちゃんを見ながら、ふむ、と紅茶を口に含む。ゆっくりと飲み下してから紫穂ちゃんに向かって首を傾げた。
「……じゃあ俺がついてってやろうか?」
「はぁ?」
「え、一緒に水着を買いに行って選んでほしいって話じゃないのか?」
「ハァッ⁉︎」
「違うのか?」
「……ちッ、ちがわない、けど」
カァ、と頬を赤くした紫穂ちゃんは居心地悪そうに俺から目を逸らしてパタンと雑誌を閉じてしまった。
「……違わないけど、なんで先生なのよ。私だって一緒に水着を買いに行ってくれる人くらい」
「俺じゃ役不足か? 君に似合う水着をちゃんと選ぶ自信はあるぞ?」
「そうじゃなくって……あーもう! わかった! じゃあとびっきりのを選んでよね! 適当に選んだら許さない!」
「適当に選ぶわけねぇだろ。とっておきの一着を選んでやるよ! 一回着るだけじゃ惜しいくらいのな。何なら薫ちゃんたちと海行く前に一緒にプール行ってもいいぜ。そしたら少なくとも二回は着ることになるし元取れるだろ」
「……そうね……二回着れば、まぁ。着たって言えるわよね」
「だろ? じゃあ決まりな。いつ買いに行く? 今週だったら水曜が空いてるぞ」
「あ、じゃあ水曜日! 私もちょうど教授が学会で休校なの」
「ヨシ! いつもの時間に迎えに行く、でいいか?」
「えぇ。待ってるわ。遅れたら許さない」
「へぇへぇ。わかりましたよ」
二人してスマホのカレンダーアプリに予定を登録しながらメッセージアプリの予定表にも水曜日の予定メモを登録する。ポロン、と紫穂ちゃんとのトーク画面に予定が表示されたのを確認してスマホを白衣のポケットに仕舞った。
「じゃあ俺そろそろ行くわ。帰るタイミングでここの鍵閉めといてくれ」
「はぁーい」
「じゃあな。また水曜日に」
「うん、またね」
まだ俺の執務室でくつろいでいる様子の紫穂ちゃんに手を振りながらタブレットと書類の束を持って部屋を出て行く。水曜日の買い物の予定を頭に思い描きながら、そういえば、と新しくできたカフェにも連れて行ってやろうとスマホを取り出してメモを書き加えた。
今年の夏は海に行ったりプールに行ったりと忙しくなりそうだ。ウキウキ胸が弾むのを感じながら時間が迫る会議に向かって駆け出した。
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