私には、愛読している絶対可憐チルドレンという漫画が存在する。最近、六十巻において、その作品の登場人物である賢木修二と三宮紫穂ふたりの関係性が作品のなかで改めて描写された。ふたりに関わるコマを深く読み解きながら、ふたりの関係性は一体何であると表現するのが相応しいのか、考察したいと思う。
これは、あくまで私の主観であり独自の考察であるので、推しに対する想いが溢れ冷静さを失った判断ができていない部分も見受けられると思うが、私の思考を整理するための作業でもあるので大目に見ていただきたい。
さて、まずはひとつずつ、ふたりが関係している、及び描写されているコマを丁寧に読み解いていきたい。また、六十巻を紐解くためにはその前哨戦にあたる五十九巻から読み解く必要があると感じたため、この二巻に渡ってふたりに関わるコマを拾い上げていこうと思う。
【59巻30p、~31p、にかけて】
ここで描写されているのは、前のページに描かれている薫の危機を感じ取ったチルドレンたちにシンクロして何かを感じ取った賢木である。
しかし、賢木が感じ取ったのはエスパーの女王である薫の危機や親友である皆本の危機ではなく、『自分の失態が原因で、悪魔のような人物にボロクソに責められる』予感であり、それを詳細に描いているコマの背景は紫穂と思われるシルエットが浮かんでいる。
このシルエットから、明言は避けられているが、『悪魔のような人物』とは紫穂のことを指すと推測することができる。そして、賢木が感じた予感は、チルドレンたちが感じた『エスパーとしての勘』ではなく、『紫穂になじられるかもしれない』という虫の知らせの類いのものであることもわかる。
その後の賢木の言動も、ただの危機回避行動とも読み取れるが、有給休暇を取得してまでの逃亡計画を立てようとする様は、少々常軌を逸脱する行為に見え、どうあっても紫穂から逃げなければならないという紫穂に対する異常な恐怖心を抱いているとも受け取れる描写である。
これらのことからわかるのは、今までにも賢木が何かミスを犯した際に、紫穂は賢木をなじっていたのではないかということと、賢木自身に何かヘマをすると紫穂になじられるという刷り込みが発生しているということである。
【59巻78p、3コマ目および扉絵】
このコマでは、「そういえば紫穂は?」という薫の問い掛けに対して、「失態をしでかした誰かを追い詰めてしとめる…とか言って出かけた」という葵の返答で締められている。
まず、扉絵に描かれているハンターの紫穂と指名手配中の賢木のビラから、紫穂が追い詰めて仕留めたい相手は賢木であるということが推測される。
ここで二つの疑問が浮上する。ひとつは何故紫穂が賢木の失態を知っていたのかということ。ふたつは何故紫穂は単独で賢木の元へ向かったのかということである。
ひとつずつ疑問について紐解いていきたい。まずはひとつ目の疑問についてである。何故、紫穂は賢木の失態を知り得たのだろうか。賢木が松風の調査を行ったメンバーは賢木とバレットとティムの三名で結成された臨時チームであり、賢木が独自の判断で動いていたことは本編で明記されている。この三人のうちの誰か、特にバレットとティムが紫穂に直接情報を漏らすということは考えづらい。この場合、紫穂が三人のうちの誰か、または三人全員を透視して情報を得た、ということも考えられるが、そもそも、その情報を得るためには、『賢木が松風を疑い独自に調査を行ったのではないか?』という視点を持っていなければ透視してその情報にアクセスすることは非常に困難になる。三名とも高超度エスパーであることから、その情報を秘匿する意思を持っていた場合、レベルセブンの紫穂でも解禁状態での透視を行わないと相手の透視が困難なため、偶然透視して情報を得た、という可能性は非常に低くなることは明確である。
では何故紫穂は賢木が松風の調査を行ったことを知っていたのか。ここでひとつの仮説を提示したい。
紫穂は、高校生編で一時期、賢木に対して何かしらの疑いの目を向けている描写が幾度か見られた。それは、中学生編でギリアムが賢木に投じたアンチエスパーウイルスの残滓を疑っていたのか、紫穂自身のエスパーの勘が賢木に潜む黒い幽霊の影を察知させたのか、明確な描写はされていない。しかし、描かれている部分を読み取り、私はこう推測している。賢木がレアメタルバグであるコーラに触れたことにより、賢木の体内にギリアムの因子が紛れ込んだ。そして松風を疑っていた賢木は調査も兼ねて松風に接触を図る。しかしそれは賢木のなかに潜むギリアムの因子を増大させる行為になり、賢木は知らず知らずのうちにギリアムの駒となり、管理官をもギリアムの因子に染める役割を担うことになっていく。この、徐々にギリアムの汚染が広まっていく環境で、紫穂は賢木に『イヤな感じ』と感じ取り、独自に賢木へのコンタクトを図っていたのではないだろうか。そして、紫穂自身も当初は松風を疑い、幾度か透視を行い、悠理にも松風は黒なのかを問い合わせていたことから、紫穂が幼い頃から紫穂のことを対等の仲間として扱う賢木に、直接松風のことを確認したのではないだろうか。
高校生編になってから、自分たちの状態が飽和状態に至って過剰適応しているという賢木の診断を、中学生編までの毛嫌いした態度ではなく至って普通に話していることから、賢木への態度が明らかに軟化していることは明らかである。つまり、この頃から、賢木と紫穂は、自分たちの身の回りに起きている不可解なことについてふたりきりで話をする、という機会が頻繁にあったのではないだろうか。そう考えれば、紫穂が賢木の調査について知っていたことの疑問が解消され、ふたりが共犯関係にあったことがわかってくる。『共犯』という表現については、主に薫と皆本を守りたい、というふたりの思いに対しての共犯であり、この頃から、薫と皆本が知らなくてもいい秘密をふたりで共有していたのではないか、とも推測される。
ここで、次の疑問についても考えてみよう。ひとつ目の疑問の解でもある『ふたりは共犯関係にあった』という視点を持つと、ふたつ目の疑問についても自ずと答えが見えてくる。自ら泥を被り松風の調査を行った賢木だが、賢木はその調査に失敗しており、尚且つ全員を危機に陥れるきっかけを作ってしまったことは明白である。そして、紫穂はその賢木と共犯関係であり、その秘密裏の調査についても把握し、賢木の調査結果を信頼していた。賢木の失態自体は全員が把握していなかったとしても、賢木がきっかけとなり危機に陥ったことは全員が把握している事実ではあるが、賢木が行った松風の調査については紫穂と賢木、そしてバレットとティムの四名のみが把握していた可能性が非常に高い。つまり、紫穂は、この共犯関係を他のチルドレンに知られたくないから単独で賢木の元へ向かったのではないか、という答えが浮上してくる。
また、この共犯関係は、紫穂が賢木を疑っていたという前提はあるものの、お互いに対する信頼の上にしか成立しない関係であるのは明白なので、紫穂は、その信頼を裏切られたという思いもあり、単独で賢木のもとを訪ね、信頼を裏切った賢木を追い詰めて仕留めたいと考えたのではないか、とも読み取れる。
【59巻90p、~91p、2コマ目にかけて】
車の中で遣り取りされる賢木と皆本のシーンだが、仕事仲間としての二人の顔だけでなく、親友としての二人の距離感で遣り取りされているシーンであるということを大前提としてここからのシーンを紐解いていきたい。
怪我を負った状態で皆本を迎えに来た賢木に、皆本はその怪我は紫穂にやられたのか?と問い掛ける。そして賢木はそれを認めている。
まず、賢木の「自分の分までお前(皆本)を守れ」「松風のことを見破れなかったことにご立腹」という台詞に注目したい。このコマで、賢木はうんざりした表情を浮かべている上、紫穂の台詞に対してうるさいと感じていることから、紫穂からぶつけられた思いは過剰であると感じていることが窺える。そして、このふたつの台詞は前述した紫穂の賢木に対する信頼がはっきりと現れており、ここでも紫穂から賢木への信頼というものはしっかり読み取ることができる。
90p、4コマ目から91p、1コマ目にかけて、皆本は賢木に対して紫穂との関係について言及する。皆本はチルドレンの指揮官であり、保護者に近い立場でもあり、その上、賢木の親友でもある。その皆本から見ても、紫穂と賢木の関係は仲がいいと皆本が判断しているというのがわかる。そして、その『仲がいい』というのは友達の『仲がいい』ではなく、特別な関係の『仲がいい』であると皆本が判断していることが、「まだ未成年だから手は出すなよ?」という台詞から読み取ることができる。
今まで賢木が特定の相手を作ってこなかったことを知っている皆本が、賢木がはっきりと明言したわけでもないのに、賢木にとって紫穂が特別であると感じていることから、賢木と紫穂のことをよく知っている存在から見れば、ふたりの関係は特別なものである、と判断できるだけの何かがあることは明らかではないだろうか。
賢木は皆本のこの指摘に対して、「(自分は手を出してはいないし)向こうは手を出している」と冗談とも取れる返答をしているが、これは、自分のことをよく知っている皆本にそういった指摘をされてしまい、うまく誤魔化せないと判断して冗談で誤魔化したのではないかと推測する。本当に賢木にとって何もないのであれば、「手は出すなよ?」という皆本の言及に対して「出すわけがない」と返せばいいだけであり、冗談で躱す必要はひとつもないと言ってもいい遣り取りだからだ。皆本の言及を冗談で躱したということは、それ以上追及されたくないとも読み取れるし、冗談で賢木と紫穂の関係について有耶無耶にしたとも読み取れる。このことから、賢木も、紫穂に対して何かしら特別な思いを持っているということが窺える。
最後に、その賢木の冗談に乗っかる形で、皆本は「紫穂が本気で怒ったらもっとひどいことになってないか?」と問い返し、それに対して賢木は、一瞬の間を置いて「松風の件でヘマをしたのはあいつも同じだからな」と返答している。このシーンから読み取れるのは、皆本も賢木も、紫穂の本気は恐ろしいという共通認識を持った上で、今回の件は紫穂が本気で怒ってもおかしくない事態なのではないかと考えている皆本に対して、賢木は紫穂も自分と同罪であるから本気で怒るのは筋違いであると認識していることである。本編ではここから、ひとりで責任を背負い込む必要はない、と賢木から皆本に対して伝える台詞に繋がっている。ここでは、ドロシーの離反は皆本だけの責任ではない、という賢木の思いも読み取れるが、紫穂のことを自分と同罪だと判断していることが、何より、賢木自身も、紫穂と賢木は共犯関係である、という認識を持っていると読み取ることができ、やはり、ふたりの関係は何か特別なものであるということがわかるのである。
【59巻95p、4コマ目から96p、1コマ目にかけて】
皆本が、自分の恋心を告白し、その上でドロシーに対して自分はどう行動するべきだったのかを振り返ったあと、今からでも遅くないと皆本を励ました賢木に対し、皆本は感謝のともに尊敬の念を表明する。「君は本当にすごいやつだよ」と賢木に対して純粋な尊敬を向け、賢木のように自然体で素直でいられれば、薫ともドロシーとももっとうまくやれたのではと皆本は言葉を連ねている。
これらの台詞から読み取れるのは、皆本から見て、賢木は紫穂に対して自然体で接しており、距離感の切り替えも上手く、紫穂の前で素直である、ということである。ここで皆本が指している距離感とは、このシーンの前の部分で描かれているドロシーと皆本の関係のことから、公私の切り替えについて指しているのではないかと推測される。つまり、賢木は紫穂に対して業務上の内容とプライベートの内容をはっきりと線引きし、紫穂がそれを越えた場合に指摘することが出来る冷静さを備えていると判断できる。
そして、その皆本の言葉に対して、賢木は「率直に言うとあいつ(紫穂)との距離感は7年前から変わってねえよ」「当時は子供だと思ってなかったし、今は女子だと思ってない」「一貫して「天敵」だ」と返答している。
この台詞から、まず、賢木は紫穂と出会った当初から、紫穂に対するスタンスは変えていないということが読み取れる。そして、賢木は紫穂に対して子供でもなく女子でもない『天敵』という認識を持っており、特別な思いを抱えていることも窺える。この作品に登場するなかでも屈指の美少女である紫穂を、女扱いするわけでもなく、天敵、といううまく扱いきれない、または思うようにならない人物に対して感じる思いを抱いているということは、賢木にとって紫穂は、かなり特別な存在なのではないかと受け取れるのではないだろうか。
【59巻96p、3コマ目】
場面が変わり、明石邸で旅の準備をするチルドレンのシーンである。準備を急がなければならない状況であることは薫の台詞から読み取れるが、紫穂はまだ荷造りが終わっていない様子で、ムカムカしていることが描かれている。更に紫穂は「賢木のクセに口答えを…!」「しかもこの私が反論できなかった…!!」「許さない…!!」と怒りを露わにしていることが台詞でも表現されている。台詞をひとつずつ読み解いてみよう。
まず、「賢木のクセに口答えを…!」という台詞から読み取れることはふたつある。ひとつ目は賢木が紫穂に対して口答えをするわけがないという絶対的な甘えと、ふたつ目は追い詰めて仕留めるはずだった賢木から口答えをされてしまい思わず賢木と呼び捨てにしてしまうほどの怒りである。
ひとつ目の絶対的な甘えは、紫穂にとって絶対の一番である薫にも見せない紫穂の一面であり、賢木に対してのみ現れる一面とも言える。自分が何を言っても賢木なら許し受け入れてくれるはずだという甘えは、あまりにも唯我独尊な発想であり、紫穂本人も、恐らく無意識下で賢木に甘えているからこそ、このような無遠慮な甘え方になるのではないだろうか。このことは、紫穂にとって賢木がそれほどに大きな存在であるということを読者に向けて雄弁に語ってくれているように思う。
そんな風に甘えていた賢木から、冷静に紫穂も同罪であると指摘したことを、紫穂は口答えをされたとし、ふたつ目にあたる大きな怒りを露わにしている。この憤慨ぶりを見ると、紫穂にとって、賢木から反論されるということ自体が青天の霹靂だったのではないかと思う。過去、紫穂と賢木の遣り取りは険悪なムードで描かれることが多かったものの、お互い同じレベルに立っての言い合いばかりであり、喧嘩のように見えても悪口の応酬のような、本気の言い争いではなかった。
しかし、ここで敢えて『口答え』という、紫穂自らが上の立場であり、賢木は自分の言うことを聞くべき立場であるのに歯向かったという言葉選びをしたことから、余程、紫穂にとって賢木の指摘は衝撃を与えたのではないかと読み取ることができる。
更に、紫穂がそう考えてしまうほど、紫穂の賢木に対する甘えの関係が、ふたりの間に成立してしまっていたとも受け取れ、紫穂の最大級の甘えは、何でも受け入れ許していた賢木自身が助長していたのではないか、という推測もでき、やはりここでもふたりの間に特別な関係性が存在していたことを感じざるを得ない。
そして、次の台詞である「しかもこの私が反論できなかった…!!」「許さない…!!」からは、トランクを握力で破壊してしまうほどの悔しさが読み取れる。紫穂は、絶対的な甘えと信頼を抱いていた賢木から、松風のことを見抜けなかった失態は紫穂も同罪であると冷静に指摘され、それに対して反論ができなかったと腹立たしさを覚えたのだと思われるが、ここで更に一歩深く読み解きたい。
前述したが、紫穂は賢木に甘えているという前提がある。その上で、紫穂自身が松風の正体を見抜くことができていれば、薫や皆本を危ない目に遭わせることを回避できたかもしれない、という、今となっては後の祭りである自分に対する怒りを、甘えられる対象である賢木にぶつけようとしていたのではないだろうか。そして賢木は、その怒りの矛先は賢木に向けるものではなく紫穂自身に向けるものであり、紫穂自身が自分で昇華しなければいけないものを賢木にぶつけるのは間違っているという思いも込めて、賢木は紫穂に同罪であることを指摘したのだとすれば、賢木の紫穂に対する冷静さが非常に際立ってくる。
また、紫穂が賢木に無条件に甘えきっていた事実も賢木によって突きつけられ、紫穂は言い返せないどころか、自分の甘さを賢木に直接認識させられるという悔しさに、奥歯を噛み締めるような思いを抱え、賢木に暴力という手段で歯向かったのではないだろうか。
紫穂より一回り年上の賢木が、紫穂に対して大人の冷静さで訴えたのは、紫穂が感じている怒りと紫穂自身に真正面から向き合わせるためだとすれば、今までは紫穂を甘やかしていた賢木が小学生編における船上での手術時以来の大人の顔を見せたとも言え、賢木に甘えて、または紫穂を甘やかすことで、自分で処理するべき感情を他人任せにしてほしくないという賢木の紫穂に対する思いや、きちんと線引きするところは線引きできる、紫穂よりも大人である賢木の一面が垣間見え、賢木が大人であるからこそ紫穂は無条件に甘えられるというふたりの関係性が改めて浮き彫りにされているとも言える。
【59巻174p、2コマ目】
葵のテレポートで米軍基地に潜入する際、紫穂が自分と少佐が二番目にテレポートで潜入すると進言した。少佐はその判断を悪くないとしながら、賢木もサイコメトラーだが先に紫穂が潜入する方針でいいのかと確認する。それを受けて、紫穂は賢木は使えないから皆本と薫の側で盾になった方がいいと少佐に返した。そして、銃撃されたら身体でかばって死になさいと賢木に告げる。賢木はその紫穂の言葉に身を正しながら「ありがとうございます!」と紫穂の指示に従う表明をする。その様子を観察していた皆本は紫穂の賢木に対する調教が進んでいるのでは?と疑問を口にしているシーンである。
少佐の台詞から読み取れるのは、作戦参謀として紫穂の能力を認めていることと、賢木と紫穂のサイコメトラーとしての能力はほぼ同等であるということである。だからこそ、紫穂の意見を認めた上で、なぜ賢木ではなく紫穂なのか、と疑問を感じ、それを素直に紫穂に投げかけたのだろう。
ここで際立ってくるのは、賢木のことをあんまり使えないと評価していることよりも、自分が先に現場に向かい危険を察知することで薫と皆本の安全を守りたいという紫穂の必死な思いではないかと私は思う。
そして、賢木が紫穂の暴言に素直に応じているのは、前述【59巻96p、3コマ目】の紫穂が賢木に行った暴力による支配がまだ有効であるというようにも取れる。
【60巻7p、1コマ目】
引き続き賢木に対する紫穂の調教がよく行き届いていると思わせるシーンである。【59巻174p、2コマ目】と多少台詞は変わるものの、ほぼ同等の内容である。
ここでも、紫穂が賢木に物を言う上の立場であり、賢木はそれに従うという上下関係が描かれている。そういった上下関係の描写で使われることが多い、よく躾が行き届いている様を表す「ありがとうございます」という言葉が用いられている辺り、賢木に対する紫穂の圧政は余程のものであることが窺える。
【60巻7p、4コマ目から9p、4コマ目にかけて】
調教が進んでいるように見える賢木に対し、薫と皆本が賢木のことを心配しているシーンである。賢木はそれに対し、苦笑いをこぼしながらも、「(紫穂を)あんまり追い詰めるのも…な」とふたりに返している。その賢木の言葉に対して、薫が疑問を投げかけると、サイコメトラーの同志として、紫穂の焦りを自分は理解している、と紫穂の心境について解説を始める。そして賢木は紫穂の焦りや苛立ちをやつあたりして受け止めるには自分がちょうどいい存在なのだと皆本と薫に説明している。それに対し、皆本と薫は賢木の対応を大人だと評し、賢木は(調教されているふりをしているだけで)本気で調教されてはいないと否定している。紫穂の、薫を守りたいという思いに対して、薫はそんな心配は要らない、自分は紫穂と葵を守ると心情を明らかにし、それに対して、賢木は精神感応系エスパーの複雑な心境をデリケートでめんどうくさい生き物だと説明する。
さて、これらの内容を冷静に読み解いてわかることは、紫穂が賢木に物を言って従わせる上の立場だと読み解いてきた前述部分が全てひっくり返り、賢木が紫穂の心情を理解した上で、紫穂の言い分に従ってあげているという、賢木が紫穂を甘やかしている立場だということである。
また、紫穂自身が明らかにしたわけではない心情を、同じサイコメトラーだからという理由で紫穂が抱えている焦りや苛立ちを紫穂のことをよく知るはずの皆本や薫に事細かに説明し、その上で自分はそんな紫穂のやつあたりにちょうどいい存在なのだと表明しているのも、賢木自身が、自分が一番紫穂のことを理解しているという強い自負を持っていると皆本と薫にアピールしているようにも読み取れる。
更に、そんな賢木が「あんまり追い詰めるのも」と言っているということは、賢木自身が紫穂を追い詰めてしまったという自覚をしていると読み取れないだろうか。松風の件に対し、恐らく一方的に言い募ってきた紫穂を、冷静に諭し、同罪であると指摘したことで、紫穂が感じていた自分の無力感を露わにし、決戦前の大事な場面で紫穂の心情を乱したと反省しているようにも取れる。だからこそこれ以上紫穂を追い詰めてしまわないように、紫穂の暴言に従っているさまを紫穂に見せ、紫穂の心情がこれ以上荒れてしまわないように気遣ったのではないだろうか。それらのパフォーマンスはやはり、賢木が紫穂を甘やかしていることを明確に指しており、紫穂と賢木の関係は他の仲間とは違う、一線を画するものだと読者に教えてくれている。
【60巻28pから33pにかけて】
ベータ・ギリアムである松風に対する、賢木と紫穂の流れるような連携プレーの描写である。
29p1コマ目の賢木の「ちっ…!!」という舌打ちは、紫穂が狙いを外すわけがないという銃撃の腕への信頼と読み取れる。そして、賢木が松風の念動力に捕らわれた隙を突いて紫穂が松風の後ろを取ったのも、松風が弾を避ける可能性を最初から考えていたとしても、賢木が囮になり紫穂が松風を捕らえるというお互いの信頼関係の上で成り立つ作戦であることも見逃せない。また、紫穂が援護、賢木が接近戦に持ち込むというのも、お互いの戦闘力をよく理解した上で組み立てることができる作戦であるということも忘れてはいけない。
このワンシーンからでも、ふたりは精神的な繋がりだけでなく、任務にあたるパートナーとしてもお互いへの信頼度が高いことが窺える。
【60巻34p、3コマ目】
松風の念動力を食らい、体勢を立て直す賢木に、紫穂は「何してんのよ!?さっさと仕留めて!!」と叫んでいる。
この一コマからも、紫穂が賢木の実力があれば松風を仕留めることができるという信頼感に溢れていることが読み取れる。
【60巻35p、1コマ目と2コマ目】
賢木と紫穂のアップが描かれているが、まるでこの世で一番敵に回したくない二人組の様相である。
松風の推理通り、電算機室からハッキングを済ませたことを説明しているシーンだが、示し合わすこともなくふたりで流れるようにそれを説明する様は長年組んできたバディのような風格を伴っている。
【60巻37p】
紫穂が決意を胸に松風に立ち向かっていくシーンである。ギリアムの確保を優先するには、ハッキングに長けた紫穂や賢木がこの場に残り、ここにやってくる敵を迎え撃つのが妥当である。ただ、この紫穂の強い決意から読み取れるのは、自分が松風を押さえなければ薫に被害が及ぶかもしれないという強い焦りである。
この焦りは、既に自分は一度松風の正体を掴むことに失敗しているという自責の念でもあるのではないか。37p最後のコマでは、紫穂の普段とは違う様子を敏感に感じ取り、冷静さを欠いている紫穂の心配をしつつ、賢木も戦闘に参加している。
そのコマでは「俺も残って正解だった」と賢木が案じていることから、当初は紫穂が一人でここに残ろうとしていたこともわかる。賢木はそれを止め、自分も紫穂と一緒に電算機室に残ることを選択し、松風に立ち向かう最低限の戦力として、焦って一人松風を仕留めようとする紫穂とともに戦っている。
これらからわかるのは、紫穂は冷静さを欠いており、賢木はそんな紫穂を心配し、気に掛けているという事実である。
【60巻42pから48p、3コマ目にかけて】
再び流れるような連携プレーの描写である。紫穂が援護、賢木が直接攻撃という、お互いの持ち味と経験、得意分野をよく活かした戦闘シーンが描かれている。賢木が作った隙を紫穂が見逃すことなく援護から攻撃に転じているのもお互いの実力を認め合っているからこそできることであり、戦闘の基本をよく理解し松風にとって不利な状況をふたりで作り続け、攻撃の手を止めないという信頼関係の表れと取れる。
【60巻48p、4コマ目から49pにかけて】
持久戦に持ち込もうとする松風に対し、更なる焦りを見せる紫穂が描かれている。賢木の体力と残弾数に限りがあることを懸念し、「このままじゃ薫ちゃんたちを守れない…!」と改めて強く感じながら、賢木に向かって「センセイもっと気合い入れて!!」「ぜったい私がケリをつけるから!!」と叫ぶシーンである。
松風は紫穂のこの何が何でも自分が松風を倒すという決意に怒りを表し、逆に賢木は普段の紫穂からは考えられないほどの焦りを冷静に見抜き「ったく――」「このガキは…!!」と紫穂に対する苛立ちとも取れる呟きを漏らしている。
ひとつずつ読み解いていきたい。まず、紫穂の台詞から読み取れるのは、やはり賢木の戦闘力への信頼であり、賢木であれば松風を追い詰めてくれるはずだという確信である。賢木が松風を追い詰めてくれさえすれば、自分が松風に止めを刺すことができ、薫たちを守ることができるという思惑がこの台詞からは読み取れ、紫穂の冷静さを失った焦りと、戦闘に長けた賢木への信頼を感じ取ることができる。
そして、賢木の台詞から読み取れるのは、冷静に紫穂の叫びを受け取り、一体紫穂が何に焦っているのかを正確に把握したことで、その焦りが本来の紫穂の能力を妨げてしまっていることに苛立ちを覚えているのではないかということだ。
このふたつから、ふたりは並以上の信頼関係を持っており、且つ、賢木は紫穂に対して冷静に物事を判断できる視野を持っているということがわかる。ここでもやはり、紫穂よりも年上の賢木の方が、冷静さを持った大人であるという一面を読み取ることができる。
【60巻58p】
皆本たちの戦闘シーンから紫穂が叫んだ後と思われる場面に切り替わる。そこで賢木はわざわざ呼吸を整え、少しばかり荒い口調で紫穂を呼び捨てにし、紫穂に向かって叫んでいる。
今まで、飄々としたキャラクターとして描かれてきた賢木が、初めてと言ってもいいくらいに真正面から直接的な言葉で何かを訴え、叫ぶという、ある意味衝撃的なシーンである。親友である皆本相手にすら、ここまで感情を露わにして叫んでいるシーンは描かれたことがない賢木が、冷静さを失っている紫穂に向けて、普段の冷静な紫穂を取り戻させるように紫穂に向かって訴えているのは、やはり紫穂に対して少なからず特別な思いを抱えているからではないだろうかと私は感じている。
過去に賢木は傷心のバレットに向けて男を見せろと説教するシーンが描かれたことも確かにある。しかし、その際賢木はある程度の説教を終えた時点で思いが届かないと判断し、あっさりと諦めてその場を立ち去ろうとしていた。
そんな賢木が、あろうことか本作品中では二度目となる紫穂の名前を呼び捨てにする必死さを窺わせ、俺の話を聞けと言わんばかりに叫んでいるということは、他のチルドレンメンバーや影チルのメンバーとは違う何かを紫穂に感じており、自分の思いを届けたいと思っているからこそ「この際はっきり言ってやる…!!」と叫んでいるのではないだろうか。
叫び出す瞬間の賢木の表情は前髪に隠れ描かれていない。しかし、次のシーンでは険しく眉を寄せ、賢木は紫穂に向かって叫んでいる。敢えて描かれていないこの一瞬、賢木も紫穂を心配するあまり、普段の冷静さを少しだけ失い、感情を露わにした表情を浮かべていたのではないだろうかと私は推測する。
【60巻60pから61pにかけて】
前部分と同じシーンである。台詞は若干変わるが、ここでも賢木は紫穂を三度目の呼び捨てにし、険しく眉を寄せ、感情を露わにした表情で紫穂に向かって叫んでいる。その賢木の苛烈な訴えに、紫穂は衝撃を受け固まっている。そして賢木の発言を松風は事実上の降参と受け止め、賢木と紫穂に向かって投降するように求める。そして、紫穂には特別に松風の戦闘メイドとして取り立てることを告げている途中で、賢木は不意打ちで松風に向かって銃を放つまでの流れである。
ここでまず注目したいのは、賢木は紫穂に向かって叫びながら、上着のファスナーに手を掛けていることである。賢木は、紫穂に対して感情を荒げ叫んでいるように見せつつ、その後の奇襲に向けて上着の中に隠し持っているハンドガンを取り出す仕草を見せているのである。
この行動から考えられるのは、賢木は感情を高ぶらせながらも次の手を考え、叫んで松風の注意を引くことで戦闘の流れを変えようとしていた、ということではないだろうか。感情のまま叫び紫穂の目を醒まさせ、戦闘の途中で紫穂に向かって叫んだことで松風の気を逸らし、その隙をついて冷静さを取り戻した紫穂と一気に攻め込む算段をしていたのだとすれば、賢木は冷静に物事を判断し、戦況を変える戦略を一瞬の間に組み上げることができる非常に計算高い人物だと評価せざるを得ない。
この一連の流れの中でひとつ気になるのが、賢木が松風に奇襲を仕掛けた瞬間についてである。松風は、紫穂にいやらしいことをさせる目的ではないが、戦闘メイドとしてご主人様と呼ばせたいと表明し、その瞬間、賢木にハンドガンを放たれている。
邪推かもしれないが、これは、紫穂にそんなことはさせないという賢木の意思の表れと取れないだろうか。松風が隙を見せたから打ったと考えるのが妥当かもしれないが、ハンドガンで松風を狙う賢木の表情がそれまでの険しいものとは違い、冷めた目で松風を見つめているからだ。また、賢木の表情に視線が集まるよう、白抜き処理が施されている。これは、読者に何かを読み取ってほしいという訴えに思えて他ならない。この件に関しては完全に私の邪推であり、実際のところはどうなのかは謎めいているとも言える。
【60巻63p、2コマ目から64pにかけて】
賢木の奇襲作戦のあと、再び紫穂に語りかけるシーンである。松風の隙をついての銃撃、そこから隠し持っていた飛び道具を使っての電撃で生まれた間に、賢木は紫穂に背を向けたまま、「薫ちゃんと皆本を守りたいのか」「それともあいつらの騎士になりたいのか」どちらなのかよく考えろ、と紫穂に向けて賢木は叫んでいる。その問いかけに、紫穂はそのふたつはどこが違うのかと叫び返す。
さて、賢木の叫んだふたつの台詞の違いは一体何なのか、考えていきたい。単純に紐解いてみると、前者は意思であり、後者は肩書きである。では、そこに込められた賢木の思い、そして違いはなんだろうか。
まず、前者について、これは紫穂だけの思いではなく、賢木の思いでもある。そして、これは単純に賢木と紫穂が思っていることというわけではなく、この思いを完遂するためであれば、賢木と紫穂は手段を選ばず何だってやってみせるという強い意志であり、信念でもある。
次に、後者について、これは、繰り返しになってしまうが、前者のような意志の塊ではなくただの肩書きでしかない。肩書きとは地位や身分を指す言葉であり、誇りや思いとは別の次元で機能することもあるものである。つまり、賢木は騎士という言葉に『皆本と薫を守り切った強い自分(紫穂)』になりたいのかどうなのか、という思いを込めたのではないだろうか。
ここで、次のページにわたる賢木の台詞も見ていきたい。賢木は「人生ナメてんじゃねえって言ってんだよ」「どんなエスパーにも困難なときはある」「自分の力が及ばないかもしれないときにてめえの都合ばっか考えてていいのか!?」と続けている。
賢木の人生をなめるな、そしてどんなエスパーにも困難なときはある、という台詞は、紫穂の若さ故の葛藤を的確に突いている。自分が松風を倒さなければ薫も皆本も守ることができない、と思い詰める紫穂は、正しく紫穂がまだ若く未熟な所為で陥っている視野が狭くなってしまっていると言っていい。普段の紫穂であれば冷静に物事を判断できるはずであるのに、それが焦りによってできていないもどかしさを賢木は感じていたのではないだろうか。だからこそ、人生をなめるなという言葉になり、不可能を可能に変えてきたレベルセブンのエスパーである紫穂にも人生順風満帆ばかりではなく、人生山あり谷ありの困難もあるという賢木の思いがこの台詞から伝わってくるように感じる。そしてそれは、過去に経験してきた賢木の葛藤や困難も込められているのではないか、と私は思う。
更に、自分だけではどうにもならないのに自分の都合ばかりでいいのか、という賢木の訴えは、前ページの台詞にある、薫と皆本の騎士になりたいのか、という台詞を引き継いで、自分だけでは松風に敵わないという可能性から目を背け、自分が二人を守りたいという思いだけで突っ走ってもいいのか、というように言い換えることもできる。
そこから、「ちゃんと頼れ!!」「皆本や薫ちゃんや――俺にもだ!」という台詞に繋がり、賢木の訴えに紫穂が目を覚ますという流れである。賢木自身、自分だけではどうにもならないことを、周囲の力を借りて乗り越えてきた経験があるからこそ、冷静になって、自分の手に負えないことは自分も含めて周りに頼ってほしいと紫穂に訴えたのではないだろうか。
この前のシーンでは賢木の表情は描かれず、この部分でやっと大ゴマを使って賢木の表情が描かれる。賢木は、紫穂の抱えている葛藤や焦りは自分も通ってきたものであり、紫穂の気持ちがよくわかるからこそ、紫穂には見せられない表情を浮かべ、何とか表情を切り替えて、ひとりで頑張るのではなく、自分も含めて周りを頼ってほしいと訴えたように思えてならない。
【60巻66p】
目を覚ました紫穂が、賢木に向かって悪態を吐きながら自分を取り戻し、攻めに転じるシーンである。
紫穂は、どうして賢木にそんなことを言われなければならないのか、と文句を言いながらも、自分は最強のサイコメトラーだから賢木に指摘されなくてもわかる、と状況を一転させている。不満そうな顔を見せているものの、自分を取り戻した紫穂の構えは凜としたものであり、力に漲っているように見える。次のページでもしっかりと状況判断し、自分が何をすべきか理解して即座に行動しているあたり、本調子を取り戻したと読者目線でもよくわかる。
紫穂は、前部分で賢木に指摘されたことに対して不満を感じているようだが、「なのにいっつもそうやって!!」と叫んでいることから、過去にもこうして賢木から指摘され目を覚ます出来事があったということであり、小学生編で描かれた賢木と紫穂の船上手術シーンだけでなく、読者が見ていないところでも賢木は紫穂にお節介を焼いていたのではないかと深読みしてしまう描写である。
【60巻68p、3コマ目から69pにかけて】
冷静さを取り戻した紫穂が的確な援護をし、紫穂と賢木の見事な連携プレーで松風を捕らえるシーンである。紫穂は自分が冷静さを失って最適解を導けていなかったことを反省し、賢木にそれを素直に伝えている。そして賢木はそれを受け、自分たちの目的は皆本と薫を守りふたりが進む道を拓いていくことができればいいのだから文句はないはずだ、と紫穂の援護に応えるように一転した状況の中、瞬時に攻撃へ転じて松風を捕らえている。
台詞よりもふたりの連携プレーについて見ていこう。ここで注目したいのは、消火器を爆発させ、その煙幕に紛れて賢木が松風に接近し、捕らえる、という一連の流れは、前もって打ち合わせされていた作戦ではなかったのではないかということだ。もし、前もって練られた作戦だったのであれば、紫穂が自分がとどめを刺さなければと先走ることもなかったはずであるし、賢木が紫穂に冷静になれと叫ぶ必要もなかったはずである。つまり、二人は何の打ち合わせもなく、この一連の流れを実行したということになる。よほどの信頼関係と、一緒に戦ってきた経験値がなければ、合図もなく、口頭での指示もなしのこの連携プレーは難しいのではないだろうか。他のチルドレンや皆本とは違う、特別な絆のようなものを感じざるを得ない。
【60巻70pから71p、1コマ目にかけて】
松風との戦闘が終わり、ほっとひと息、というところで紫穂は賢木を呼び止める。そして、前部分の「文句はねぇだろ?」という賢木の台詞に対して、紫穂は「…文句は大アリよ!!」と賢木に訴える。子どもの頃から紫穂にお節介を焼く賢木に、その真意を問うのではなく、感情のまま「まるで私のこと私よりわかってるみたいに!!」「何よ、人生の先輩ぶっちゃって!」「超能力では私より下のクセに…!」と賢木に直接不満をぶつけている。どうしてそんなことをするのか、という不満のぶつけ方ではなく、そういったお節介をされることが大変不満だと、感情を爆発させて強い視線を賢木に向けていることに注目したい。
そんな紫穂に対して、賢木は今までの険しい表情から一転、苦笑いのような表情を浮かべ、「いや、そんなつもりはなかったんだが…」「最近はおとなしく言うこと聞いてやってただろ?」と荒ぶった紫穂の表情を宥めるように首を傾げて様子を見ている。紫穂の不満に対し、言うことを聞いてあげていた、という上からの立場で賢木は返事をしており、自分は紫穂のことをちゃんと甘やかしていたとアピールしているようにも受け取れる。
もちろん、そんな対応をされて紫穂が黙っているわけがない。「その上から目線がいっそうムカつく!!」「なぜわがままな妹をあやすような態度!!」「男なんか全員頭の中は10歳で止まってるクセに!!」とナノチューブワイヤーで賢木の首を絞めながら声を荒げる描写に移る。賢木は、自分の方が紫穂を甘やかしている大人の立場であるという隠してこそ、大人としての対応で格好がつくことを、迂闊にも口にしてしまっているので、紫穂がそれを聞き逃すわけがなく、腹を立てるのは当然のことである。ただ、今までにも、紫穂の前ではつい大人の仮面を剥がされてしまう賢木は何度も描写されてきたので、今回も紫穂相手に言葉選びの気遣いが緩んでしまったと考えれば、納得の結果なのかもしれない。
また、紫穂も、賢木の態度になぜわがままな妹なのかという表現を使っている辺り、自分は妹ではないとその立場を否定しているようにも受け取れる。ここまで読み解いてきたとおり、紫穂と賢木は共犯関係で、仲間として共にやってきたという思いが、賢木の紫穂に対する妹扱いに過剰反応させたのではないだろうか。
そして、紫穂の、男に対する偏見にもほどがある評価も、大人の顔をして自分に説教をする賢木に対しての悔しさやもどかしさからきているとすれば、ナノチューブワイヤーで首を絞めるという暴力的な行為をしていても可愛い反抗心のように見える。
【60巻71p、2コマ目から72p、2コマ目にかけて】
激しく憤りながら確保した松風を連れ、皆の元へ向かう紫穂と賢木に場面は移る。今まで散々大人ぶった顔をして紫穂に対応していた賢木に対し「さっさと行くわよ!」「ソレはあなたが持ってきて!」「早く!」と紫穂は主導権を奪うように指示を出している。しかし、一瞬の間を置いて、落ち着きを取り戻し、賢木が自分の目を覚まさせてくれたことに感謝の意を述べる。非常に珍しい紫穂のデレシーンである。しかし、賢木はそれを聞き逃してしまう。賢木が言うように本当に疲労から聞き逃してしまったのか、それとも聞こえていたけれども聞こえなかったふりをしたのか、真相は闇の中である。
ここで注目したいのは、聞き逃されたことを怒る紫穂である。聞き逃されたことに対して怒りを表すと言うことは、うっかり感謝を述べてしまったのではなく、意図して感謝を述べたのであり、感謝を賢木に伝えようとしていたからこそ、伝わらなかったことに怒りを表明しているのではないだろうか。
ここからはやっと普段と変わらない紫穂と賢木の悪口の応酬になるが、内容が今までよりも生々しくなっていることにも注目したい。今までにも女性関係を揶揄される場面は見受けられたが、妊娠するから近付くな!という直接的な表現を使うようになったことから、今までは幼い女の子だった紫穂が、女性へと成長したのだと読者へ投げかけているように思えてならない。
【60巻113p、扉絵と137p、5コマ目から138pにかけて】
紫穂と賢木が他の仲間と合流するために移動しているシーンである。当初は担いでいた松風をナノチューブワイヤーでぐるぐる巻きにし、賢木がこれでいいのかというような表情を浮かべながら引き摺っている。紫穂はそんな賢木と松風をふてぶてしい表情でで振り返っている一面である。そして、他の仲間に追いついた紫穂と賢木が無事仲間と合流し、松風の扱いについて突っ込まれるシーンへと繋がる。
この中から読み取れるのは、賢木に近付くなとキツく当たった紫穂が、賢木のためにナノチューブワイヤーで松風をぐるぐる巻きにし、運びやすいように工夫したことと、すっかり普段の様子を取り戻したふたりが肩を並べて歩いて登場したことである。
賢木の女性関係についてまるで潔癖症のように反応してみせた紫穂が、詳細は描かれていないため、賢木が松風を運ぶことに苦労していたため手を貸したのか、賢木の提案に紫穂が乗ったのか、不明なままであるが、紫穂の性格から考えて、本当に嫌だと思っている相手に手を貸すことは考えづらい。ただし、賢木に貸しを作れば自分にとって得になると考えた末の行動とも考えられるので、短絡的に紫穂が賢木への態度を軟化させたと考えてしまうのは早計のように思える。
しかし、皆と合流した際、紫穂はいつものように賢木を貶し、賢木はそれに対して何も反応しなかった。そして、松風の扱いに突っ込まれた際も、ふたりは相手がそう言ったからこうしたのだという罵り合いではなく、ふたりの意見が一致して松風を引き摺ることを選択したように、ドロシーの拘束も提案している。
これらのことから、この時点で、更にふたりの仲は深まっていたということが言えるのではないだろうか。出会った当初から、お互いを腹黒と評価し、かつ、お互いの腹黒さについて理解していたふたりが、今までであれば過剰に反応して言い合いを繰り広げていた紫穂の罵りを賢木は当然のように受け入れ流していたり、また、つい先程まで険悪なムードであったにも関わらず松風の扱いについて意見を一致させてみたりと、以前よりもふたりの間に流れている空気のようなものが少し穏やかになったように見受けられる。これは、ふたりがこの戦闘を乗り越え、更にお互いを深く知ったからこその距離感とも言えるのではないだろうか。
本編の読み解きは以上である。
丁寧にひとつひとつ読み解いてきたことをまとめると、賢木と紫穂は、特別深い信頼関係に基づいた共犯関係であり、なおかつ、お互いに対して他の仲間たちには見せない顔を見せ、甘え、甘やかすという他にはない関係性であるということがわかる。これは、単純に、皆本と薫を守りたいというふたりの一貫した信念を飛び越え、明らかに皆本や薫の存在を通して交流を持っていた小学生編の頃とは違い、お互いの存在を認め合っていることは間違いないと言える。既に、皆本と薫を抜きにしても、ふたりにとってお互いの存在がとても大きなものになっているのは明確であるし、60巻以降に描かれている賢木が紫穂を庇い守る行為や、紫穂の賢木に向けられる全幅の信頼からもはっきりと受け取ることができ、このふたりの関係はもはやただものではないことが読者の前に示されている。
この関係が恋愛関係に繋がるものなのかはこの時点ではわからない。ただ、ただの同じ能力者、という言葉では片付けられない何かがふたりの間にあることは間違いないのではないだろうか。
今、舞台は最終局面を迎え、佳境に迫っている。エピローグでこのふたりの描写に更に進展があるのか、しっかりと見守っていきたい。
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