キスしないと出られない部屋

「皆本ッ」
「薫ちゃんッ葵ちゃんッ」

叫んだ時にはもう遅かった。隔離された真っ白な部屋に閉じ込められて、二人きり。サイコメトリーを使っても、何にも読み取れない。

「催眠、だろうな」
「ええ、そうね。しかも、私たちを出し抜ける高超度エスパーの…」

状況は絶望的だ。二人の力を持ってしても解決の糸口が見付けられない。外の状況は読めないけれど、外部からの救助を待つしかない。諦めの溜め息をどちらともなく吐いた時、ピロンッと明るい音と共に壁に電工掲示板みたいな文字が現れた。

「…キスしないと」
「出られない、部屋…?」

二人して、壁に表示された文字を首を傾げながら読み上げる。そして、何気なくお互い顔を見合わせて、同時に言葉の意味を理解した。

「えっ?ちょっと意味わかんない!ふざけるのも大概にしなさいよ!」
「はぁ?俺だって意味わかんねぇよ!ふざけてんのは能力者だろ!」

紫穂は顔を真っ赤にして賢木にパンチを繰り出す。それを軽々と避けて賢木は紫穂の手を掴んだ。

「まぁ、やってみる価値はあるんじゃねぇか?」
「えっ?」

賢木は紫穂の手を優しく誘導して壁に寄せる。所謂壁ドンの体勢を取って、ゆっくりと紫穂に顔を近付けた。

「ちょ、ちょっ、ちょっと待って!」

慌てた様子の紫穂に対して、賢木は至って冷静だ。涼しい顔であと数センチというところまで顔を近付けている。賢木のその様子に、紫穂はわなわなと口を震わせながら頬を赤くして目をぎゅっと瞑る。覚悟を決めて少し顔を上向かせると、ちゅ、と可愛らしいリップ音が自分の額から届いた。

「唇は好きなやつの為に取っとけ」

ぽん、と空いた手で紫穂の頭を撫でた賢木がスッと紫穂から離れて背中を向ける。自分の額を押さえながら、ガッカリしているのかほっとしているのか、それとも両方なのかうまく自分の気持ちを掴めずにいた紫穂は、賢木の背中を寂しげに見つめながら、ふぅ、と息を吐いて頬の赤みを落ち着けた。すると、ピーッと警告音にも似た音が部屋に鳴り響く。この部屋から解放されるのか、と一息吐いていると、壁の文字の表示が赤く変わった。

「…おいおい!そりゃねぇだろ!」

賢木は叫んだ。紫穂は一瞬の間を置いて、文字を読み解いた。

「唇に、キス、しなきゃダメ、ってこと?」

赤い文字で追記された、唇にしてください!という表記。つまり、そういうことなのだろうか?今度は賢木が顔を真っ赤にして紫穂を見ている。

「こういうお遊びは、ファーストキスが済んでからにした方がいいんじゃねぇかな!?」

半ば自棄になって壁に向かって叫んでいる賢木を、紫穂は少し暗い表情で見つめている。遊び、という表現が、彼女の心に刺さったようだ。それに対し壁の文字がじんわりと変化して、とんでもない事実を賢木に知らせる。

「えっ?なに?…その理論だと、彼女は、ファーストキス、済んでるんで、キスできますよね、賢木先生…だと?」

思わずバッと紫穂を見る賢木。紫穂は昔のキスを思い出して顔を赤くしている。紫穂のその様子に、今度は賢木がわなわなと震えている。

「おい、紫穂ちゃん。相手は誰だ?」

賢木は何とか正気を保ちながら紫穂に問い詰める。まさか、自分の知らぬところで、そんな関係になっている相手がいるとは。そいつをとっちめるか紫穂から手を退かせるかしないと気が済まないとでも言いたげだ。紫穂は賢木の様子に気圧されながらも、あまりの恥ずかしさに目を反らしながら答えた。

「つ、蕾見のばーちゃんよ」

賢木はそれを聞いて、ガックリと項垂れた。

「…何だよ、管理官かよ。心配して損したぜ」

力なく座り込んだ賢木を、紫穂は期待の眼差しで見つめる。

「心配、してくれたの?」
「あったり前だろ!俺がどんだけ」

そこまで言って、賢木は口を押さえる。赤い顔をしている賢木を見ながら、紫穂は考える。これは、期待してもいいんじゃないかしら。怖くて透視めなかった、先生のキモチ。先生も、私のこと、好き?

「お…男の人とは、したことないわ」

じりじりと、座り込んでいる賢木に近付いていく紫穂。賢木は紫穂の告白を聞いて、固まってしまっている。

「唇は、好きな人に捧げたらいいんでしょ?センセ」
「…え?は?ちょっ、紫穂?」

二人の距離は、30センチほど。後退りしようにも壁が邪魔をして逃げられない賢木と、攻める紫穂。

「好きよ、先生。キス、してくれる?」

こてり、と首を可愛らしく傾げて紫穂は賢木を見つめた。

「…嘘だろ、マジで?」
「嘘吐いてどうすんのよ、バカ」

驚いて目を見開く賢木に、紫穂は更に顔を近付ける。それもそうだ、とくすりと笑った賢木は、紫穂の肩を掴む。

「男は、俺が初めて?」
「…そう、なるわね」

照れた表情でそっぽを向いた紫穂の顎を賢木は慣れた手付で自分の方へと向けさせる。

「俺も、好きだよ。紫穂」

今にも触れそうな距離で、賢木は紫穂に告げる。嬉しそうに紫穂が微笑んだのを確認して、賢木は紫穂の唇へと口付けた。ちゅ、と吸い上げてゆっくりと離れる。すると、情緒も何もない、ドシラソファミレドー、というチャイムが鳴り響いて部屋中に紙吹雪と花弁が舞った。壁の文字はおめでとう!カップルの誕生です!に変わっている。ぷしゅー、という音と共に、壁も床へと飲み込まれていく。

「余韻も何もねぇな、クソッ」
「本当に。センスとデリカシーを疑うわ」

二人して悪態を吐いているが、目論見は成功したのだ。これ以上は二人に任せておけばいい。手を繋いで部屋から出ていく二人を、部屋の創造主は拍手で見送った。

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