「では、お時間になりましたら呼びに参りますので」
それまでごゆっくりどうぞ、とプランナーさんが部屋から出ていった。今日の今日まで、あのプランナーさんには随分お世話になったな、と感慨深く見送っていた紫穂は、す、と近付いた気配に顔を上げた。
「紫穂」
近寄ってきた賢木に紫穂が目を合わせると、賢木は、ふ、と優しげに笑って眉を寄せた。
「さっきも言ったけど。改めて、綺麗だ」
「……もう、いいってば」
座っている紫穂の頬にそっと指を這わせた賢木は、まるで触れてはいけないものでも触っているかのようなそろそろとしたタッチで紫穂の肌を撫でる。
「なんか、もう、何回言っても足りねぇよ」
紫穂に目線を合わせるように屈んだ賢木は、そっと紫穂の手を取って指先にちゅっと軽く口付けた。そのまま、紫穂の溢れそうなアメジストの目をじっと見つめて、賢木は紫穂の服装が崩れないようにそっと腰を抱き寄せる。
「ちょっと、折角綺麗にしてもらったのに、崩れちゃうわ」
「わかってる。ちょっとだけ……」
恐る恐る、といった様子で紫穂を抱き締める賢木は、名残惜しそうに紫穂から離れて、もう一度紫穂の目を覗き込んだ。そして、紫穂の前に膝を突き、紫穂の手の甲に口付けを落とす。賢木の目鼻立ちの整った顔が、紫穂の前に近付いた。
「一生掛けて幸せにする」
キスできそうな距離なのに、メイクが崩れることを気にして触れてこない賢木は、キスの代わりに紫穂の手を掴む手にきゅっと力を込めた。聞いたことのないような真剣な声。プロポーズの時ですら、飄々としていた賢木なのに。どうして今、そんな声でそんなことを言うの。
「ふわぁぁぁ……」
「ぶッ……なんだよ、その声」
真っ赤になった顔を押さえることも、着飾って貰った衣装を崩すこともできない。震えるような嬉しさを何とかしようとした結果、紫穂は力の抜けたような声を出して賢木に凭れ掛かるしかなかった。
「髪、崩れちまうぞ」
「……わかってる」
紫穂は未だくすくすと笑う賢木に力なく答えて、早くこの鼓動と紅くなった頬を治めなければ、と息を吐いた。
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