真昼の太陽と赤い頬

たまたま偶然、こんな状況になってしまっただけで。
俺は何も悪くない。
言い訳みたいに聞こえるかもしれないが、俺は普段からコイツは女であると充分気をつけていたし、女性であるユウに対して敬意を払い彼女を尊重するように、意識して距離を保ってきた。
それなのに俺の気遣いを台無しにして、いつもそれを軽々飛び越えてくるのはコイツの方だ。

「取れましたよ」

取れましたじゃねぇよそのまま指先に齧りついて喰っちまうぞ。
咥えただけでも折れてしまいそうな白くて細い指を俺の前にチラつかせるな俺は男でお前は女なんだわかってんだろうなァ?

「……オウ」

なんてことをツラツラと頭の中で並べたてるだけで呑み込んでしまうなんて俺らしくない。そう、俺らしくない。
昼寝でもしようかと植物園のいつもの場所で寛いでいた時だった。申し訳なさそうな顔をして監督生がやってきて。勉強を教えてほしいなんて可愛らしいことを言いやがるから。まぁ頼られて悪いことはない、と鼻を鳴らして、見せてみろと答えた。
ノートと教科書を挟んで向かい合って座っていた俺たちの距離感は、勉強を教える者と教えを乞う者のそれでこんなに近くなかったはずだ。
バラけていたパズルのピースが整然と並んで最後のピースがキチリと嵌まった時のような笑顔を俺に向けてありがとうございますなんて嬉しそうな草食動物に、いい顔で笑いやがると目を細めて口角を持ち上げた。
じゃぁ俺はもう寝るからなと続けばよかったのに、急に、あ、と声を上げて俺の頭へ視線を移したユウに俺は眉を寄せた。なんだ、と問いかける前に監督生は動き出す。適度に保たれていたはずの距離を縮めて、ユウは俺の頭に手を伸ばした。小柄なユウが俺の頭に触れた時には、ユウの顔が俺のほぼ真正面に来ていて面食らう。
あっという間に距離なんて無くなってしまいそうな距離感にハッと目を見開いているうちに、取れましたよ、なんてふわりと笑って俺の頭についていたのであろう葉っぱを指先に摘んでみせるから。
俺はただただ、息の詰まってしまいそうなこの距離感に短く返事することしかできなかった。
顔近いな。とか。
綺麗な肌だな。とか。
びっくりするくらい白いな。とか。
そのクセ頬は丸くてほんのり色付いてんな。とか。
唇は何か塗ってんのか? 俺のと全然違ぇ。とか。
薄い色の唇は思ったより肉が付いてて柔らかそうだな。とか。
うっかりマジマジと見てしまっていた気がして思わず目を背ける。駄目だ駄目だ駄目だと自分のなかで繰り返しながら、いや何が駄目なんだと切り返す自分もいて、妙な居心地の悪さに目を瞑った。
どうしました、先輩? と小さく尋ねてくる草食動物が憎くて、やっぱ喰ってやろうかという邪な心が芽生えそうになるのを何とか押し込める。自分を落ち着かせるように細く長く息を吐いて、何もねぇよと小さく答えた。それでも変わらずキョトンとしているユウに、お前俺のこと男だと思ってねェだろと詰め寄りたくなるのを抑えて未だ葉っぱを掴んだままの手にそっと触れた。

「ホントに……何でもねェ」

自分の手の一回りも二回りも小さな手を壊してしまわないように指先に力を込める。ピクリと震えた指を離さないようにそろりと掴み直してぎこちなく降ろしていく。驚いた目とさっきよりも色付いた頬に、少しは俺を意識してんのかという問いも呑み込んで。手袋越しに感じる細い指の感触を愛おしむように撫でる。
自分の邪な欲望に、どうか気付いてくれるな、と心の中で祈った。

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